6

 ぱちぱちと炎がぜる音がする。広がって、ゆっくりと紙を灰にしていく。その様子がどこか生き物めいていた。煙を吸って、鼻と目がつんと痛くなって涙が出てきそうだった。

「母さんも、遥も、もういないのは同じなのに、どうしてこうも違うんだろう」

 炎を見つめながら嵐志が言った。

「母さんが死んだとき、そりゃ、悲しかったよ。でも遥が死んだときは、もっと、なんか、変な感じだったんだ。変に寂しくて、ほったらかしにされたみたいで、穴が空いたみたいで、苦しいのから逃げられないんだ。もう遥に会えないのが耐えられないくらいに、苦しいんだ。それを、母さんにも思えないのは、変なのかな」

 煙が目にしみたのか、ぐず、と鼻をすすっている。

「それはね、嵐志くん。親離れってやつだよ」

「親離れ?」

「家という枠の外に、遥くんっていう大切にできる友だちを見つけたんでしょ。遥くんだけじゃない、君は他にも友だちが多いはずだ。子どもはいつか親から離れて、一人で生きていくものだよ。それは決して卑怯なことじゃない。返って当たり前のことなんだ」

 人間とは、なんて愚かなんだろう。高度な知能を持ったばかりに、不必要なことまでを考えてしまうのだから。例えば、自殺とか。

 狼だとか梟だとか、或いは小さな兎だとか。人間以外の生物はいつか一人で生きなければいけない。生き残るために、馬は生まれたときから立って歩かなければいけない。親離れの過程で多く見られるのが、親から離れることだ。例えばコウテイペンギンは、時期になると親は子を置いて群れを去る。静かに、ひっそりと。

 それを考えると、人間は簡単に親から離れるどころか、親が子から離れられない場合もあるのだ。雪彦の母親がまさにそうだった。ギリシャ神話の一部では子が親を殺す場面がある。それをある精神学者は青年の通過儀礼と指摘したという。親のあずかり知らぬところで、親の思う以上に成長する。我が道を行こうとすれば、いつかは親と衝突をする。

「いいかい、親は神様じゃないんだ。君たち家族は端から見ても仲のいい家族だけれど、それに縛られてはいけない。いずれは家族以上に大事なものに出会って、出て行ったってそれは構わない。家族が全てじゃないんだ」

 それは雪彦自身に向けた言葉でもあった。雪彦は血縁を全て捨ててきたのだ。そう、捨てたのだ。見放してきたのだ。家族が全てじゃない。それはかつて、恋人が自分に向けた言葉だった。

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