5

「タイムカプセルねぇ」 

 嵐志がしみじみと呟くと、突然「あ」と声を上げた。なにを思い出したのか、重たそうに腰を上げてガラス戸を開けた。何事かとみていると、彼は裸足のまま庭に出て、ローズマリーの植え込みの一角にしゃがみ込んで、素手で土を掘り始めた。けれどしばらくして「だーっ! 見当たんねーッ!」と大声を上げスコップを持ってきて、ざっかざっかと掘り返し始めた。

 雪彦も庭に降りてその作業をのぞき込む。数センチ掘り返して出てきたのは、ぼろぼろの丸い缶だった。大きさは直径だいたい三十センチ。クッキーの詰め合わせの缶の表面は変にざらざらしていた。

「埋めていたのをすっかり忘れてたんだった」

 懐かしそうに眺める嵐志は、缶の蓋に手を掛けた。ざりざりと音を立てて出てきたものを見て雪彦と嵐志は飲んだ。色褪せた折り紙、たくさんの折り鶴だった。土の匂いと古い髪の匂いが混ざって脳を刺激する。どこかで風鈴みたいな音がして、蝉が鳴き出した。どこか遠くへ連れて行かれるような感覚に陥って、まるでそれが合図だったように、雪彦は広島での出来事を思い出した。

 夏の風に揺れる鮮やかな色の千羽鶴。物悲しげに響く金色の鶴の鐘。その時の空の碧さと遺跡の匂い。原爆の子の像の、どこかをひたむきに見つめる眼差し。それがどっと雪彦の脳裏に蘇った。

 雪彦と同じように、嵐志もまた遠い過去を思い出しているようだった。その目が少し潤んでいる様に見えた。

「……これはもう、いらないかな」

 息を詰めて折り鶴を見ていたが、ふと、嵐志が口を開いた。

「いいの?」

「いいよ。消費期限切れの祈りなんか、いらない」

 そう言った声は、震えていた。

 缶の中身をひっくり返すと、どさどさとたくさんの鶴が丁寧に羽を閉じたまま投げ出された。この折り鶴は作られただけで、羽ばたくことも知らない。

 家の中に戻っていった嵐志が庭に戻ってきた。手にはマッチ箱を持っている。さっきと同じように裸足で出てくると、箱からマッチ棒をひとつ出して一発でシュッ、と火をつける。その日をマッチ棒ごと折り鶴の山に放り込んだ。

 ジッ、と火は一羽の鶴の羽を焦がして、そこからじわじわと炎を広げていった。焦げた匂いが少しずつ広がって、うっすらと白い煙を出し始めた。少しずつ広がっていく炎を、嵐志と雪彦はしゃがんで見守った。炎が大きくなっていくにつれ、身体に当たる暖かさも大きくなっていく。

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