10
あまりにも必死な顔をしているから、つい可笑しくて笑ってしまった。
「最近さーぁ、兄者のこと考えてるとき、ゆき兄そんな顔する」嵐志がぽつりと言った。すぐに「……そんな気がする」と付け加え、気を紛らわせるつもりか、手のひらで折り鶴をころころと転がした。
「……どんな顔してた?」
「教えてやんない。兄者に聞いて」
兄者の方がいろいろ知ってんだろ。そう言った彼は少しむっとし眉を寄せて唇を尖らせていた。
「どうして教えてくれないの?」
「ただの嫉妬」
返ってきたのは思っていたよりも簡素な答えで、ちょっと意地悪で、どうしようもなく愛しいものだった。あんなやつに嫉妬しなくても、君はたくさんのものを持っているだろうに。
「大切な人への祈り方なんて忘れちゃったなぁ」
「大樹兄者は?」
「あんなやつ知らない」
「喧嘩でもしたの?」
答えられなかった。明確な喧嘩をしたわけでもない。それでも連絡は途絶えつつあるのは事実だ。元々束縛したかったわけでもないし、英国行きは大樹が決めたことだから拒むこともしなかった。俗に言う倦怠期、というものか。
嵐志の肩に頭を預け眠るように瞼を閉じるれば、自然と眠気がやってくる。遠くから風鈴の音が聞こえる。
「ゆき兄を幸せにできるのは俺じゃないけど、兄者が幸せにできなかったら言って。ぶっ飛ばしてやるから」
ゆき兄は幸せにならなきゃいけない人だ、と嵐志は付け足した。肩に頭を預けながら、雪彦はとろんと瞬きをした。同じようなことを大樹に言われたことがあったのだ。幸せになっていいだなんて簡単に言うなと、その時返した覚えがある。そんなふうに言われて言い筋合いなんて、ない。
「ゆき兄、眠たい?」
「ん、少し」
ホテルに戻るか聞かれたが、このまま少し風に吹かれて眠りたかった。
ピコン。
うとうとと目を開くと目の前にスマートフォン。インカメラ。ちょうど嵐志と雪彦の顔が映るような角度。画面はすっかり暗くなっていて、どんな顔を取られたのかはわからない。いつの間に携帯のカメラも習得していたのか。
「えっち」
「言ってろ」
どんな顔をしていたかを聞くと、兄者に見せたくない顔、と嵐志は答えた。
「……ゆき兄が、追いつくとこにいてくれてよかった……」
雪彦に向けて言ったのか、単なる独り言なのか。そう呟かれた声が耳に残った。俺のなにが、君にそこまで思わせるのだろう。どうしたって五年という彼と自分の年の差は埋まらない。それでもと嵐志は追いかけてくる。哀しいくらいに滑稽で、愛おしい。
さっき鶴を折っていて気づいた。『折る』と『祈る』は漢字が似ていて、同じような行為なのだと。それならばせめて、彼に手向けた折り鶴が傍にあればいい。飛べやしなくても、その旅路に寄り添えるように。
からん、とまた鐘の音が聞こえた。
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