5章 永劫回帰
1
「不老不死」
ふと聞こえた単語に、雪彦はなんだって? と聞き返した。ちょうど昼食後の一段落した時間に、リビングで雪彦は微睡んでいた。
晩夏の昼下がり。微睡んだ目を開けると、ガラス戸の向こうに夏色の空が見えた。その青色は濃く、吸い込まれそうな、果てがないような奥深さがあった。
「死なないクラゲだってさ」
お昼のテレビ番組を見ていた嵐志が、画面を指さした。今日は水族館の特集らしく、テロップには嵐志が発した言葉同様【不老不死のクラゲ】とでかでかと書いてあった。もったいぶったように女性リポーターが熱心に解説した後に映像が出てくる。小さな指先ほどのクラゲには、見覚えがあった。
「あぁ、ベニクラゲ」
「知ってんの?」
「前に、大樹と水族館に行ったとき」
恋人の名前を出すと、嵐志の表情が僅かに陰って、すぐに視線を逸らされた。
広島から帰ってから、嵐志はこんなふうだ。実の兄に嫉妬でもしているのか。それともまた別の感情か。一人っ子の雪彦には到底想像できないような、兄妹ならではの感情があるのだろうか。
「不老不死、ね」
ベニクラゲは成熟した後に幼生に戻り、再び成長を始める。水族館の水槽で、そんなふうに書いてあったのを思い出した。
「死なないことは、幸せなのかな」
じっとテレビを見ていた嵐志が、しばらくしてぽつりと呟いた。
「周りはみんな死んでいって、一人だけ取り残されるってさ。やだよ。俺は一人死んだだけでも耐えられなかったってのに」
この夏、嵐志の友人が一人亡くなった。そのことを思い出しているらしく、眉がきゅっと苦しそうに寄せている。
「嵐志くん、いいことを教えてあげようか」
「ゆき兄のイイコトは信用できない」
「まぁまぁ、そう言わずに。いいかい? 不老不死を悲しいとするのは西洋の思想で、東洋は不老不死を楽観的に描くんだ」
よっこいせ、とソファーから起き上がり床に座っている彼の隣にどかっと座り込む。
「だから、永遠の命を持つ神とか魔女とか人魚とかは『永遠は孤独だ』とか『仲良くなっても結局人間は自分を置いて死んでいく』とか言ってメソメソするけど、中国の仙人とかは『あそこの花が綺麗だった、また千年後が楽しみだ』とか『いろんな人を見ることができる、人間は見ていて飽きない』とか、そんなふうに長い時を楽しんでいるんだってさ」
大学の思想額の授業が、こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。ただの雑談だと聞き流さなかった過去の自分を褒めてやりたい。
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