5
バスを待つ間、行きたいところはあるかと聞くと、嵐志は平和記念公園と答えた。
「それじゃ、腹ごしらえしてから向かおうか。なにが食べたい?」
「ゆき兄はなにが食べたい?」
「俺はあんまりお腹すいてないから、嵐志くんが選びな」
「じゃあ……汁なし担々麺。駅に上手そうな店があった」
ハンカチで首の汗を拭う。ホテルにチェックインしたら、まず最初にシャワーを浴びたい。それからすぐに寝てしまうかもしれない。ここまでの道のり、すっかりふくらはぎが張ってしまっているから、マッサージも忘れずにしたいところだ。嵐志が来たところで雪彦の予定が狂うこともない。元より一泊の旅だし、目的は果たした。後はお土産を買って帰るだけだったのだから。
二人でバスに乗り込んで、一番後ろの席に座る。他に誰も乗っていなくて、そんな中での一番後ろの広い座席は、まるで特等席に座っているようだ。
「ゆき兄は、」と、嵐志が口を開いた。「一人で来たかった?」
一人分の空間が雪彦にはやけに遠く感じた。嵐志は窓の外を見ながら、窓枠に肘をついている。どんな表情をしているのか雪彦には見えない。でも声の加減で少し拗ねているみたいだった。
「邪魔だった?」
なにも言わない雪彦にたたみかけるように嵐志は問う。
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「むしろね」今度は雪彦が口を開く。「嵐志くんなら、きっと追いかけてくれるって思ってた」
「うそ?」
「ほんと」
「俺、邪魔じゃない?」
「まさか」
こっちを見ない嵐志の頭をそっと抱き寄せる。
「こんな可愛い義弟が、邪魔なわけないだろう? わざわざこんな遠い土地まで、俺を追いかけてくるんだもの。愛しくて、このまま離したくなくなっちゃう」
「兄者が嫉妬するぞ?」
「嫉妬しとけばいいさ」
連絡もくれない恋人なんて、と言いかけて口を噤んだ。
ここのところ、大樹からの連絡が途絶えがちだった。メールでやりとりしていたけれど、その返信の頻度が日ごとに遅くなっていっている気がしていて、ついには一週間ごとにしか返信がされなくなってしまった。
いつだったか、こんな話を本で読んだことがある。宇宙に旅だった少女と地球に残った少年の遠距離恋愛。携帯電話のメールでやりとりしているも、地球から遠ざかるにつれてメールの往復に掛かる時間が開いていく。ワープの影響もあり、時間は年単位で伸びていく。それに似ている気がした。俺たちは同じ地球の中にいるはずなのに、おかしいな。
「ゆき兄、」腕の中の嵐が静かに身動いだ。「大丈夫だよ」
なにが、と雪彦は聞かなかった。
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