4

 かしゃ。


 霊園には不釣り合いな機械音。顔を上げると、数メートル離れたところにいた人物に、雪彦は数回瞬きした。いるはずのない嵐志が、胸の前に一眼レフを構えて立っていたのだ。

 まっすぐに立って雪彦を見据えるその視線は、何かを言いたそうにしているけれど実際に嵐志がなにを言うこともなかった。彼の表情が少しばかり切なく見えたのは、蝉の鳴き声とか線香の匂いとかのせいだろうか。視線が交わったのはほんの一瞬だろうけど、雪彦には数分そうしていたような錯覚を覚えた。

「……えっち」

「言ってろ」

 カメラを離して嵐志はゆっくりと歩み寄ってくる。

「これ、ゆき兄のおじいさんの墓?」

「そうだよ」

 嵐志は雪彦の隣に並ぶと、じっと墓を見てから静かに手を合わせた。

「ずいぶん遠くまで来たもんだね」

 だって、と嵐志は唇を尖らせて言い淀んだ。「だって、朝起きたら、ゆき兄、いなくなってたから……」

 そう言いながら雪彦の服の裾をちょんと抓んだ。嵐志はまるで迷子が言うようなことを、しれっと口にする。おまけに仕草までがそれっぽくなるから、図体が大きくてもどこか小さく見えてしまうのが、可笑しかった。

「どうしてここがわかったんだい?」

「なんとなく」

「ここにいなかったら、どうしてた?」

「そうだな……観光でもして帰ろうかと思ってた」

 そう言った嵐志を、雪彦は上から下まで見直した。大きめの黒いTシャツに白のジーンズ。足元はぺたんこになった履き潰した靴。見た限り、彼はカメラを首から提げている以外に持ち物は見当たらない。聞くと財布はジーンズのポケットに入っていて、それだけしか持ってきていないらしい。本当にふらっとコンビニに行くときと、何ら変わらない格好に雪彦は苦笑いした。嵐志はそんなことは気にも留めていないとでも言うように、突如苦笑いした雪彦を怪訝そうに見あげた。

「俺、今日はこっちで一泊していくけれど、嵐志くんはどうする?」

「どうするっつったって、俺交通費くらいしか持ってきてない」

「一緒に泊まる?」

「……いいの?」

「お義兄さんに任せなさい」

 予約してあるホテルの部屋はセミダブルルームだし、予約時にもしかしたら一人増えるかもしれないと伝えてあり、その場合の料金を払うこともホテル側と交渉済みだ。昨夜の自分の行動がここまでぴったりと当てはまってしまうと、なんだか気味悪いものもある。「……それじゃ、行こうか」

「うん」

 嵐志は墓を離れる前に、丁寧に一礼した。どう教育したらここまで美しく立派に育つんだろう。雪彦も彼に倣って一例をして、祖父に別れを告げた。

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