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翌日。雪彦は一之瀬家から出て遠い地にいた。新幹線でずっと座っていたせいで痛む腰をぐっと逸らして伸ばすと、ぺきぺきと音がした。まだ夏休み、それもお盆の時期と来て、広島駅は家族連れを始め、混雑していた。駅直結の商業施設で腹ごしらえをして、少しぶらりと店を覗く。適当に兄妹に買うお土産を見繕い、ドリンクスタンドでアイスコーヒーを買ってからバス停所に向かった。
思い立ったが吉日。祖父の墓参りを思い出してから、妙に気になって、夜のうちに新幹線を予約していた。朝早く出てきたせいで、嵐志に事前に伝えることができなかったが、愛衣と結衣の早起き姉妹には言ってある。
今回、どうしてか嵐志を連れてくる気にはならなかった。最近は二人で出掛けることも増えたが、同時に一人の時間を確保できていない。雪彦も思うところがあり、一人で家を出てきたのだった。
かしゃ。
プラスチックのカップの中でたっぷりに入った氷が音を立てた。グラスの時みたいな趣は一切ない。大樹はシロップ、入れるんだったっけ。フレッシュじゃなくてミルクも。それも大樹はふわふわのフォームミルクを好む。恋人の飲み方をふと思い出して口元が緩む。片や雪彦はシロップもミルクも入れない。完全なブラック派。入れても小さい角砂糖一個だけ。バスが着く前に飲み干して、ゴミ箱に遠くから投げ込んだ。
祖父が死んだとき、雪彦は中学生に上がっていた。けれどその事実は葬儀が終わった後に知らされた。広島で遊んだ記憶もない。それなのに祖父の墓がある公園までの道のりは、ふと懐かしく思うところがあった。そして、墓を目の前にすると、やはりもうこの世にはいないと実感してしまうのだ。
「………久しぶり、じいさん」
誰も世話をしないのかずいぶんと荒れている。草むしりをして墓石を磨く。花入れの中の腐った水を流し出して、売店で買った仏花に小さな向日葵を添える。花の重さにぐらりと向日葵が傾くのを直していると、ふと嵐志と向日葵畑に行ったことが頭を過ぎった。
今頃なにしてるのかなぁ。
不規則に伸ばした襟足が夏風になびく後ろ姿が瞼の裏に浮かんだ。
最後に蝋燭に火を点ける。線香を焚き、橙色の火を見ていると思い出すことがある。人の命は神様が灯した炎であり、命の長さは灯された蝋燭なのだと。炎が消されるかか、蝋燭が燃え溶けるときが死ぬときなのだと。
墓に向かって手を合わせる。
人はいつか死ぬ。それは誰が決めるんだろう。誰を生かし、誰を死なすか。もしそれを決めるのが神様だとしたら、とんだ大馬鹿者だな。
かしゃ。
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