6
昼食を済ませてから資料館へ向かったことを雪彦は後悔した。感受性が強く、生死にことさら敏感な嵐志には刺激が強すぎたらしい。途中から彼は気持ち悪いと言い、過呼吸を起こした。彼が行きたいと言ったのもあって雪彦は無下に行くことを止めはしなかったが、呼吸を乱す嵐志の様子に、無理にでも止めておけばよかったと痛感した。
今、嵐志は公園のベンチに前屈みに座り、両手で顔を覆い、息をすることだけに集中している。ごめん、と吐息と共に呟かれた。
「自分で、行きたいなんて言っておいて、こんなんになっちゃって……」
「考えるのは、今はお
背中をさすると、ごろんと首を雪彦の肩に乗せてくる。首筋や額の汗を水道で濡らしたハンカチで拭ってやると、んっ、と声を漏らした。
「ごめん……でも、わかったんだ。アレが戦争だって」
「……そうだよ。アレが、実際にここで起こったんだ。それで今も苦しんでいる人がいる……紛れもない事実だ」
この季節になると戦争に関する特集をメディアでよく見かける。その度に被爆者のインタビューを聞き、戦争を語る後継者がいなくなっている事実を聞かされる。どこかの高校生たちが積極的に活動しているらしい。
「俺さぁ、教科書でしか知らないんだ。それに歴史ってさ、所詮過去だろ? もう過ぎ去ったことだろ? なんで勉強する必要があるんだって、ずっと思ってた……」
はぁ、と息を吐いて嵐志は空を見上げた。その視線の先に原爆ドームがあるのを雪彦は知っていた。
「温故知新。古きを知って新しきを知る。知ることで悲劇を防げる。だからこうして遺しているんだよ」
そうは言うものの、実際に防げているのだろうか。未だ世界のどこかでは、争いが繰り広げられている。戦争に正義を見いだしている者がいる。それも事実だ。制御できない最悪の事態を経験しないと、本当の意味で人は前に進めないのだろうかとも思えてくる。
今、ここは平和だ。けれど世界的に見ての話だ。殺しもあるし、ヤクが出回ることもある。政権の汚職は今に始まったことでもないし、学校では虐めが密かに横行している。緑が豊かな公園があり、蝉がのうのうと鳴いているその下で、汚いことが
人は簡単に変わることができない。それは雪彦自身がよく知っている。親から受け続けた暴力を、先日嵐志に対しても行ってしまった。
ゆき兄、と嵐志が袖を掴んだ。
「行きたいところがある……前に、兄者が教えてくれた場所なんだ……」
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