9
「ゆき兄」
目の前に嵐志が立っていた。その手に握っているものを見て、雪彦は眉をひそめた。
「それ……」
「あぁ、これ?」
切り取った向日葵の花が五本。花の大きさと葉の枚数と、バランスよく切り取られていた。嵐志は手にしていたものに視線を落として、ずいっと雪彦に差し出してきた。ん? と首を傾げていると、嵐志は「あげる」とぼそっと言った。
「俺に?」
受け取ると甘い香りがふわっと漂った。嵐志は雪彦の隣に座って、疲れたのかふーっと息を吐いた。嵐志からも向日葵の匂いがして、すんすん、と嗅いだら嫌がられた。
「花……」
「え?」
「花を切り取るの、嵐志くんは躊躇うかと思った」
「そう?」
「だって人間で言ったら首切りでしょ」
嵐志の首にとん、と手刀をお見舞いする。
「そうだけど……」嵐志はもごもごと語尾が小さく萎ませた。ちらっと雪彦を見上げてきた。「ゆき兄、なんか元気なかったから……」
「……それだけ?」
「それだけ」
もういいだろ、と嵐志はぷいっとそっぽを向いてしまった。その初心な反応に思わず雪彦はふふっ、と声を漏らした。ここまで思われているとは思わなかった。それが嬉しくて、もらった向日葵の花に顔を寄せた。水分を含んだ花弁が冷たくて、顔の熱を冷ましていく。太陽の恋人候補ってのは、ずいぶんとひんやりしているものだ。
「お礼に良いもの見せてあげる」
「ゆき兄の良いものは信用できない」
「ついておいで」
嵐志の腕を取って雪彦は歩き出した。
山の稜線を這うように遊歩道が続き、そこを雪彦と嵐志は歩いて行く。ウォーキングに使われているようで頂上までの距離が書かれた看板がいくつか立っていた。斜面自体は緩やかだけど所々で足場が悪いところもある。ひゅうと風が吹いた。その甲高い音を聞いた嵐志が足を速めた。たんたんと軽快に駈けて、雪彦を追い抜いていった。雪彦も走って後を追う。
稜線が切れて視界が一気に開けた。すっと光が差していて、眩しさに目を細める。眩しいのは光のせいだけではない。向日葵だ。視界いっぱいに鮮やかな黄色が広がっていた。黄色の花びらが光を反射してさらに明るく見えるのだ。先ほどの向日葵畑が、ざぁっと風に吹かれて波のようにさざめいていた。
息を呑む音が聞こえた。
そっと盗み見ると、嵐志の両目が大きく見開かれていて微かに潤んでいた。その横顔が綺麗に光で縁取られていて、そのまま景色に溶け込んでしまいそうなくらいに、美しかった。
そしてついに、彼の目からぽろっと雫が零れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます