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 向日葵の花言葉がそう言われているのには諸説ある。有力なものは向日葵の習性だ。太陽が昇る頃に花開き。太陽を追いかけるように首を巡らせ、沈む頃に花を閉じる。太陽と共に、と言う意味を込めた花言葉。それがいつしか恋い焦がれる少女を連想させたのか、今では「情熱」「崇拝」などの言葉もあるくらいだ。

 背の高い雪彦と同じくらいの位置に向日葵の花があるのは、なんだか変な感じだ。花の顔をした人間と並んで立っている気分で、ついつい「ごきげんよう」と話しかけてしまいそうだった。

 花に大きな熊蜂が留まって、くるくると動き回っている。一生懸命に蜜を集めて、また別の花へと飛び去っていく。そういえば熊蜂は匂いが強い官能的な花によく来るような気がする。春にはよく藤の花に来ていたのを思い出した。

 嵐志の姿は見えなくなっていた。ずいぶん遠くまで行ってしまったようだ。隣で涼しい風が吹いた。なんだろう、この寂しい感じは。それでも探しに行こうとは思わなかった。頭を冷やす時間が必要だ。彼も。自分も。

 向日葵畑の中に人が通った跡がある。そこを他の人も通るものだから、ごく自然と道ができる。獣道ってやつ。ここでは大きな葉っぱや茎が踏みつけられてできた緑色の道だった。

 ふと見ると、花が切り取られた跡がある茎を見つけた。そういえば、有料だけど五本までなら切り取って持っていってもいいんだっけ。看板に書いてあった気がする。鋭利な切り口をそっと指でなぞる。地下から吸い上げた水が雪彦の指を伝って流れていった。これを、彼が見たらなんて思うんだろう。可哀想って思うだろうか。

 きちんと整備された通り道に、ベンチがひとつ置かれていた。幸い誰も座っていない。よっこいせ、と年寄り臭く口をついて座る。こうして見上げると、向日葵の背の高さを思い知らされる。雪彦よりもずっと上の方で花を咲かせているのがよく見えた。それをぼーっと眺めていると、少しだけむなしさがこみ上げてきた。水の匂いと、土の匂いと、葉っぱの青臭い匂いが入り交じって雪彦の中に入ってくる。それがなんの作用を起こしたのか、身体の中で得体の知れない感情が渦巻いていた。

 ふぅ、と息を吐いて肘掛けにしな垂れかかる。

「……どうしてそこまで、君たちは太陽を目指すんだい? 太古の昔から咲き誇っているのなら、届かないことなんて、とうに知っているだろう?」

 答えなんか返ってこないまま、強い風がひとつ、拭いた。

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