7

 嵐志はビニールハウスを出て、どんどんと歩いて行った。後を追った雪彦は、一瞬嵐志がどんな顔をしていたのか見てしまった。目が潤んでいた。泣き出す一歩手前。身体の内側からぶわっと熱くなって、頬が引き攣るのを感じた。やらかした。星祭りのとき同様、嵐志の柔いところを掬い損ねた。

 声を掛けると、嵐志はぐいっと目元を腕で拭った。

「へーき」

 先回りして答えを言われた。これを言われると雪彦はなにも言えなくなる。これ以上聞かないで、そう言われているみたいだった。

「……ごめん」

「なんでゆき兄が謝んの?」

 振り向いた嵐志はにっと笑って雪彦の表情筋をほぐすみたいに頬をつねった。

「俺はへーきって言ってんだから、へーきなんだって。ゆき兄が気にすることなんてなーいの」

 端から見たら、ねた彼女をなだめる彼氏みたいな図だなって考えたら、可笑しくなって笑い出した。嵐志にもそのことを話したら、「ゆき兄を取ったって兄者に誤解されるからやめて」と表情を硬くしていた。

 嵐志はたびたび、大樹に似た仕草をする。さっきの頬をつねるのもそうだし、なにも言わないで自分の中に隠しておくのもそうだ。だから、たまに見間違えることがある。雪彦は、嵐志が自分に向ける好意が憧れだと知っている。決して別の好意にならない可能性がないことも知っている。だからこそ、くすぐったくて変な感じがたまにするのだ。

「見せたいものって、どこ?」

「こっち」

 反対方向に行こうとする嵐志の腕を引っ張って、雪彦は歩き出す。遠くに黄色の花畑が見えた。近づくにつれ、嵐志の目が驚きに見開かれていく。

「あそこ、向日葵」

 指を指す先に、大きな花をたくさん開いた向日葵が視界を埋め尽くしていた。ふらふらと嵐志が雪彦の手を離して、走り出す。海を見たときと違って、おぼつかない足取りだ。なんだか危なっかしい足取りで、雪彦もすぐに後を追った。

「たくさんある……」

 背の高い向日葵を仰いで、嵐志はうわごとのように呟いた。

「うん、たくさんあるね」

「こんなにたくさんあると、全部を見て回れない」

 独り言なのか、雪彦に言ったのか、嵐志は向日葵畑の中に入っていった。嵐志は、自分の顔と比べると一回りも大きい向日葵の花に手をやって、まるで祈るように頬を寄せていた。

 大輪の向日葵の花。向日葵の花言葉を、今更ながらに雪彦は思い出していた。

「………『貴方だけを見つめる』、か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る