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「海はひとつしかないだろう?」

 助手席で嵐志がそう言った。車を走らせながら雪彦はくすくすと笑ってみせる。

暗喩あんゆって知ってるかい? ものに例えることさ。ここで重要なのは『~のように』って言わないこと。雨を涙、花弁を雫、花が散ることを零れると言うみたいにね」

「今日のゆき兄、よく喋る」

「珍しい?」

「うーん……そうでもないや」

 来た道を引き返して、山道に入る。整備されていなくて、がたがたと車体が揺れた。嵐志は別に不安とかないみたいで、冒険って感じがしてきた。と言った。

 しばらくして【花広場】という看板が見えてきた。ペンキの手書きで、思わず見落としてしまいそうなくらい小さい看板だ。去年来たとき、雪彦はこれを見落として、山の中をぐるぐると回っていた苦い思い出がある。今回二度目の来訪だが、もうすっかり場所は覚えた。

「嵐志くんは【花広場】に来たことある?」

「ない」

「そっか。それなら、今日は天気もいいから言いものが見られる。期待してていいよ」

 緑が開けて、道路沿いにビニールハウスがひとつ見えた。一角に、縄で仕切られた駐車場が見えて、そこに車を停める。ビニールハウスに寄って、中にいたおばあさんに駐車料金を渡すと、よく来たね、ときんきんに冷えたラムネを二本もらった。

 ビニールハウスの中には、様々な花が並んでいた。みんな売り物だった。マリーゴールドやパンジーの苗だったり、切り売りの白百合や向日葵だったり、みな華やかな薫りを漂わせていた。

「ここはね、花の市場みたいなところなんだ。季節に合わせて花を育てて、こうして売っているんだ」

「ふーん」

「少し見ていく?」

「うん」

 そのまま部屋で育てられるくらいに小さい鉢もあった。我が城の中と言わんばかりに、紫のすみれが綺麗に佇んでいる。オレンジの鮮やかなマリーゴールドや、控えめな紫の桔梗ききょうが顔を並べる中、収穫したばかりの大きなスイカがまるまる一個置いてあったりした。今朝食べたばかりだけど、こうして見ると特別な気がしてまた食べたくなってくる。

 嵐志の目が、ひときわ大きな向日葵に向けられた。思わず雪彦も声を漏らす。まさに大輪と称していいほどの凜々しさがあった。

 嵐志は頬を赤くさせているけれど、どこか寂しそうにその向日葵を見ていた。けれど、すぐに顔を背けて、大股でビニールハウスの中を歩いて行ってしまった。

 嵐志が今朝水をあげていた向日葵は、まだ蕾のままだった。

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