5

 深い眠りは訪れず、割とすぐに目が覚めた。ずっと波の音が聞こえていて、肌がじりじりと熱かったからかもしれない。体感にして十五分程度。実際それくらいしか寝てなかったようで、太陽の位置は目を閉じる前と変わっていない。目を閉じて開いたら時間が過ぎていた、という物語にありがちな魔法は起きなかった。ぼーっと太陽を見ていると、光の線が花びらみたいに散って、向日葵みたい、と思った。

 身体を起こしてまとわりついた砂を払う。滅多に人の来ない砂浜は案外綺麗な白色だった。でも沖縄の砂にはとうてい及ばないと雪彦は思う。一度、修学旅行で行った沖縄の海は、目の前の海よりも鮮やかなクリームソーダの色をしていて、遠くへ行くほど深い藍色に変わっていた。砂も珊瑚が長い時間の中で砕けたもので、いろんな形をしていて、さらさらしていた。

 記憶を掘り起こしていると、義弟の姿が見えないことに気がつく。嵐志は雪彦から離れたところでばしゃばしゃと波を蹴っ飛ばしていた。靴は雪彦の前に転がったまま。たまに大きく寄せてくる波が嵐志のすねを豪快に濡らしていく。飛沫しぶきが身体に掛かってもそんなのお構いなしな様子だった。

 雪彦も靴を脱いで嵐志の元に歩いて行った。爪先が水に触れて、ひやっと足下が涼しくなった。ぱしゃぱしゃと足を付けると引き込まれそうになっていく感覚に襲われた。海の魔力だ。魅了して、引きずり込まれそう。

「海はどう?」

 嵐志は雪彦の方を見ずに「よくわかんねぇ」と答えた。

「わかんない?」

「海は危険だって、よく親父おやじが言ってた。簡単に命を奪うから。心を許すと簡単にひっくり返されるから。質が悪い女よりはいいけど、って」

 海上自衛隊の恭平さんらしい言い方に雪彦は笑みがこぼれた。恭平さんの言うことは正しい。海は怖い。それと対面している人だからこそ言えることだ。

「だから、こうして見ると、思ったよりも碧くて綺麗で、正直大丈夫なんじゃないかって思えてきてさ。これが一変して変わるの買って考えたらよくわかんなくなってくる」

 海は危険だ。それ故に美しい。美しいのはその身に毒を隠し持っているから。二面性の美学ってやつだった。

「それは昔からずっとそうだよ。こうして変わらないで凪いでいるけど、風が吹けば激しく荒れる」

 怖い? と問うと、少し、と帰ってきた。腕時計で時間を確認して、雪彦は空を見上げた。少し時間は早いけど、ちょうど頃合いかもしれない。

「見に行こうか」

「なにを?」

「もう一つの海」

 ばしゃん、と二人の足にひときわ大きな波が当たって砕けた。

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