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 雪彦が言い終わらぬうちに嵐志は駆け出した。砂に足を取られながら、もどかしそうにサンダルを脱ぎ捨てて、ジーンズの裾をまくり海へと一直線に走って行き、そのまま豪快に水しぶきを上げて海の中に入っていく。全く聞いてないな。やれやれと首を横に振って、雪彦も後を追った。

 膝下まで海に浸かったところで、嵐志は足を止めた。視線は呆然と果てを見据みすえている。雪彦も靴を脱いで海に入っていく。足の下で、さらさらと砂が波に攫われていくのを感じながら、嵐志と同じ位置に向かった。

「どうしたの?」

「いや……」

 嵐志は言葉に詰まったようで、それ以上動こうとも、話そうともしなかった。その目はなにを見ているのだろうか。同じ位置に立って、嵐志と同じ方向を見定めてみてもわからなかった。彼がなにを見ているのか。それは

嵐志だけが知っていて、結局のところ、雪彦にはわからないのが当たり前なのだ。ただ、囁くように潮騒が耳の奥に嫌と言うほど焼き付いた。

 寄せる波は思ったよりも強く、気を抜いていると足を取られそうになった。にぶい青色に光る海面は果てがなく、波は止まることなく永遠に寄せて返していた。何億年も昔からの決まり事のようで、地球が滅びて海がなくならない限り、これからも続いてくように思えた。

「おなかすいたろ。ごはん、食べよっか」

 嵐志はうん、と曖昧に答えた。 


 ピリ辛のソースがたっぷり入ったバーガーにかぶりつく。舌がひりついて痛いくらいの辛さがいい。雪彦同じものを注文した嵐志は「思ってたより辛い」とアイスティーで流し込んでいた。他に雪彦はサワークリームとチキン南蛮のバーガーを、嵐志はキャベツとトマトがたっぷり入ったバーガーを、それぞれダブルサイズで平らげた。

 食後のアイスコーヒーを飲んでいるとき、変な感覚が襲ってきた。怠い、とはいかないまでも、ぼーっとする。熱があるようで、多分ない。食べ過ぎたのかもしれない。がらがらとプラスチックのカップの中で氷が鳴って、変な重さが手に残っていた。

 雪彦は大樹たち兄妹に出会う前は、相当な偏食だった。一日に一回しか食事を取らなかったり、酷いときには金平糖やドライフルーツを数個しか口にしなかった時期もある。今でこそすっかり一之瀬家の食事で体調管理もされているけれど、元来がんらいの小食もあって、こうして調子に乗って食べ過ぎたときは、胃の辺りが変にざわざわするのだ。

 少し横になると嵐志に告げて、砂の上にごろんと倒れた。日差しに灼かれた砂が熱かったけれど、同時にどこか心地よかった。

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