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 行き先は決めずにワンボックスカーに乗り込んだ。まだ大学生の雪彦だが、嵐志の父、つまり雪彦の義父ぎふに当たる人にあてがわれたものだ。名義もその人の名前になっているけれど、使用頻度は雪彦が一番だ。

「東か西か、北か南か」

「南」

「オーケー」

 ワイヤレスで音楽プレーヤーとスピーカーを繋いでシャッフルを選択すると、冬のラブバラードが流れてきて、思わず二人して笑った。確かこれ、去年の冬にココアのCMで流れた曲だ。この炎天下に熱々のココアはない。

「シャッフルはやめよう」

 そう言って夏の曲を集めたプレイリストを再生した。二年くらい前に流行った向日葵畑を歌った曲が流れた。向日葵畑、いいな。そう思いながら車を走らせた。

 高速に入って軽快に飛ばすと、嵐志がいいの? と聞いてきた。

「なにが?」

「ほんとに遠くまで行っちゃって」

「おや、怖じ気付いた?」

「そんなことないけど」

 七月の平日。世間では早盆の時期だけど、交通量が少ないのか多いのかわからない。実を言うと雪彦も高速をあまり使ったことがない。ベンツにウィンカーもなしに割り込みをされて、少し腹が立った。

「事故ったらそれもまたいい思い出」

「よくない」

「嵐志くんも運転することになったら気をつけてね」

「俺はまず自転車も乗れねーもん。車なんか運転できる気がしない。他人の命を預かるなんて柄じゃねーし」

 嵐志はその足の速さから、自転車を使ったことがない。走った方が速い。それが嵐志の口癖だ。実際、嵐志は自転車よりも速く走ることができたし、荷物を持っていたとしても速さが衰えることはなかった。

 サービスエリアでおにぎりと飲み物、少しのお菓子を買って再び走り出す。景色が街中のビルから住宅街へ、住宅街から畑へ、畑から山の中へと変わっていく。

「すごい、遠くまで来ているって感じがする」

 助手席から外を見ながら嵐志がぼんやり呟いた。空模様はいっこうに変わらないのに、その下にある風景は刻々と変わっていく。

「まだ一時間しか走ってないのにね」

「どこまで行くの?」

「とりあえず、嵐志くんに指定された一番南まで」

 コーラのペットボトルに口を付けて、嵐志にポテチを口にい入れてもらった。久々に食べた、ジャンクなお菓子はしょっぱくておいしい。曲が変わって、男性アイドルのサマーソングが流れ出した。

 標識が行き先を示している。ある地名が目に入った。それを通り過ぎてから雪彦は高速を出るためにウィンカーを出した。

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