2章 金色海原

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 庭に向日葵ひまわりの花が一つつぼみを付けた。一本に葉がたくさん茂り、大きな葉がドレスのように広がっていた。夏の熱い日差しにも負けず凜と立っていて、その姿は若々しくて美しい。最近の雪彦はそれを見るためだけに引き戸を開けてぼーっとしていることが増えた。水をいた庭に風が吹くと涼しくて、ここに風鈴の音とラムネがあれば最高だ。

 この乙女ような向日葵は義弟の嵐志が育てている。種を蒔くところから初めて、毎日欠かさずに水をやり、咲いて、枯れるまでの面倒を見ているのだ。嵐志は夏になると毎年一本だけ向日葵を育てる。これは出会った当初からそうだった。どうしてなのか。雪彦は知らない。嵐志もなにも言わない。だから雪彦も聞いていない。でも甲斐甲斐かいがいしく世話をする姿は、サン・テグジュペリの『星の王子さま』でバラを世話する王子みたいに見えた。

 今日もまた嵐志は庭に出て、ホースを水道に繋いで水を蒔いていた。たまにちらりと虹が出ているのが見えた。冷蔵庫からラムネの瓶と切ったスイカを出して、開けた引き戸のとこにどかっと座る。今日も雲ひとつない晴天で、目眩めまいがする。帽子をかぶらないと熱中症になってしまう。休憩しないかと声を掛けると、嵐志はホースの水を止めて、雪彦の隣に座った。

「あ、黄色いスイカ」

「買ってきたのを切ってみたら黄色だった」

「いいことあるかな」

「金運上がるかも」

 赤いスイカに比べたらすこし甘さは少ないけれど、それでも充分においしい。今日も暑いと言いながら、蝉の声を聞き、スイカを食べる。夏の風物詩を満喫だ。雪彦がひとつ食べ終わる時には、嵐志は三つ目に手を出していた。

 付けっぱなしにしていたテレビ番組が、ビーチの特集をしていた。雪彦たちが住む県の半島。客で賑わう海水浴場が映し出されて、二人してげぇ、と声を出した。

「人いっぱい……」

「マナー悪っ」

「こういうのって特集されると行きたくなくなるんだよね、俺」

「ゆき兄の言いたいことわかる」

「あ、わかってくれる?」

「だって特集されるってことは、人がいっぱい来るってことだろ。どうせだったら綺麗な景色独り占めしたいじゃん。マナー悪いやつと一緒に見たくないし」

 鬱陶しそうにサイドテールにした髪先をくるくると指に絡めながら、でも視線はテレビから離さない。本当は行きたくてうずうずしているのが、手に取るようにわかる。

「じゃあ、ちょっとドライブに行こう」

「どこに?」

「どっか、遠くに」

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