10

 花火がまだ上がっているうちに、二人は帰路についた。花火に背を向けて、まだ少ない人通りをてくてくと歩いて駅まで向かう。そっと隣を歩く嵐志の横顔を盗み見る。時折花火の光が背中が明るく照らして、正面の側を一層暗く陰り、その際に顔の輪郭がくっきりと浮き彫りになった。それが美しくて、目が離せなかった。五年前の彼は、もっとやんちゃで悪童あくどうで背の低い少年だった。

「……大きくなったなぁ」

「なに?」といぶかしげに眉を寄せて嵐志が見上げてくる。花火の音はまだ大きくて、聞かれなかったらしい。

「いや、なんでもないよ」

「またそう言う」

「嵐志くん、大きくなったなって言ったの」

 彼は一瞬だけぽかんとしてから、「ま、まあな!」と照れたのを隠すように大声を出した。

「一之瀬家の男子は、高校生になってから一気にぐんと背が伸びるんだ。大樹兄者だってそうさ。俺もすぐに兄者に追いついてみせるからな。今よりもっとでかくなる。そしたら、ゆき兄も見上げないで真正面で話すことができる」

 そう早口で喋った後、ふと瞼を伏せて口元を緩ませる。口元を手で隠して、雪彦から視線を逸らした。

「でも、なんかおかしいな。ゆき兄にそう言われるの、なんかくすぐったくて、変な気分だ」

 以前、彼は血が繋がらなくても家族になれるとなんの衒いもなく豪語ごうごしていたことがある。家族だと思えた瞬間から家族なんだと。それでもなんとなくの違和感はあるのだろう。はーぁ、と嵐志は大きなため息をついた。

「俺さぁ、高校生になったらゆき兄みたいになれると思ってたんだ。クールで、涼しそうで、かっこよくて、遠くの遠くまで見通せるみたいで。でも、なんか違った。俺、全然ゆき兄みたいになれない」

 なんとなく嵐志が静かな理由がわかって、ふふっ、と声が漏れた。すべて背伸びだったのだ。憧れを自分のものにしようとした、ほんの少しの大人のふりだったのだ。雪彦はそれに気づかないふりをした。

「………俺みたいにならないでいいよ」

 小声は大きく咲いた花火の音にかき消された。

 冷えたラムネの鮮やかな硝子がらすの色と炭酸の泡が弾けたとして、金魚の絹のような紅の尾ひれがなまめかしくひるがえったとして、一瞬一瞬を華やく夏の祭りは簡単に色褪いろあせず、しかし瞬間が過ぎてしまえば、あっという間に切なさを持って花火の彼方に消える。星祭りの逢瀬おうせも一夜限りで忘れ去られるのであれば、なにもかも忘れて、一緒に笑い合えばいい。未来なんていずれ来たるものだから、その時になってから考えればいい。だからその不安は、今は花火の音にかき消してしまおう。

 花火の音が、遠くで大きく終幕を迎えた。

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