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「ねぇ、嵐志く――」

 ドンッ

 声は突如起こった華咲く音にかき消された。嵐志と共にそちらを向くと、ちょうど鮮やかな赤色の花が、光を散らして落ちていくところだった。続いていくつもの花火が夜空に咲いて散っていった。心臓に響く重低音の後に、ぱらぱらと粗目を床に零したみたいな音が続く。そのまぶしさに雪彦は目を細めた。

「……星祭りの夜に花火か」嵐志が口を開いた。「これじゃあ、星の光がかき消されちまうな」

「君も風流なことを言うんだね」

「思ったこと言ったまでだ」

 興醒めなふうに言ってるものの、嵐志は花火から目を離さなかった。零れる火の粉が切なげに消えていく様子は、なぜだか夏の終わりを感じさせた。今宵は七月七日。夏はまだ、始まったばかりなのに。

「……人の一生も、こんなふうに一瞬なんだろうな。今は永遠に続くと感じていても、後から考えたらほんとにちっぽけな時間なんだ。一瞬一瞬を楽しく生きたいだけのに、なんだか世界は悲しいことばかりだ」

「ずいぶんと悲観的だ」

「命が目の前で終わっていくからね」

 花火を命に見立てるなんて、彼らしい。新しい見方を彼はごく自然にやってのけ、それを全く否定せず、信じ切っている。

「ずいぶんとあっけないよなぁ。花火だけじゃない。全部終わりが来るらしい。人だけじゃなくて、犬も猫も、花も、星も……気持ちだって。みんな生まれて、生きていて、みんな死んでいく。ただ寿命が違うだけ。気持ちだって、いつか」

「嵐志くん……」

「気持ちの永遠なんて絶対にないのは俺だって知ってる。いつかきっと変わっていく。そんなことないって言うやつもいるけどさ、だったらどうして、一度愛し合った人同士なのにみんな別れるのさ。離婚なんて言葉もあるくらい、この世界は出会いと別ればっかり。生死と同じだ」

 詩人になれると言ったら、馬鹿言うな、と言われた。笑っていたけど笑ってなかった。

 さっきの発言で少し、気づいた。

 嵐志は、普通の子だ。少し運動神経がいい、ただの男の子だ。感情的に動いて、偽りを嫌って、それでも頑張って背伸びをして、手に入れたいものを手を伸ばす。彼は憧れていたのだ。誰に。自分に。その気持ちが、揺れているのだ。

「ゆき兄は、ほんとわかりにくいことばかり言う。でもそれが憧れだったんだ。まっすぐ本心をぶつけてくる大樹兄者じゃなくて、そうやって嘘ついて、はぐらかして、気持ちを隠して、嘘を本当だと思い込ませる。その余裕が、欲しかった」

「その憧れた俺は、幻想だったとでも?」

「そんなことない」嵐志は左右に首を振った「まだまだ俺の憧れだ」

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