8

 花火を見るためか、人の流れが変わった。その流れに乗じて雪彦と嵐志も歩き出した。夏の夜のラピスラズリに見まがうほどのグローなエフェクトに、灯籠のカーネリアンのぼんやりとした明かりが加わって、鮮やかな色彩を描いている。

「足痛くない?」

「へーき」

「痛くなったら言うんだよ。嵐志くんなら抱えられるからね」

「その前にゆき兄が抱えられてるかもよ?」

「あはは、それは情けないから嫌だなぁ」

 情けないと自分では言ったものの、先ほどから右の足が痛い。少し前に人とぶつかったとき足を踏まれたかもしれない。足の甲に血がにじんでいる。人が多くて、嵐志もこれには気づいていない。

 そう思った矢先、ひょいっと腰に手を回された。え、と声を上げるまもなく片手で嵐志に抱えられる。

「こ、こらっ」

「言ってるそばから抱えられてやんの」

「嵐志くんっ、こら、下ろしなさい……おや、これはいい眺め」

 はいはい、ちょっとどいてねー。そんなふうに人をかき分けながらも、嵐志は道行く人に水道の在処ありかを聞き出していた。雪彦を抱えていても、嵐志は生まれ持った身軽さでひょいひょいと人を分けて、人目の付かない場所にある水道のところまでたどり着いた。

「はい、足出してー ちょっと痛いよー」

 ざらざらと最大限に水を出して傷口を洗ってもらう。なんかシンデレラみたいと茶化したら、ゆき兄なら似合うな、と言われた。

「いつ気づいたの?」

「さっき。ゆき兄が足痛くないかって言ったとき。ゆき兄が誰かを心配するときは、その心配が自分に当てはまるときだ」

 すっかり見透かされていて、雪彦は乾いた笑い声しか出せなかった。嵐志が痛くないかと聞いてくる。花火は諦めて帰ろうかと提案すると、彼は不思議そうな目で雪彦を見上げた。

「ゆき兄、花火はいいのか?」

「俺はどっちでも。嵐志くんが見たいのなら付き合うよ」

「帰りたい?」

「嵐志くんは帰りたい?」

 それを聞いた嵐志は「帰りたくない」と唇をすぼめた。それから「ずるい」と言った。

「ゆき兄は俺に聞いて合わせてばっかり。これじゃ俺のわがままに付き合わせてるようなもんじゃんか」

「俺のわがままならさっき言ったとおりだよ」

 嵐志はさらに頬を膨らませる。

「ほんっとうのワガママだな」

「だから、それに見合うだけ俺は嵐志くんに付き合ってるんだよ」

 なんだそれ。やわらかい紅絹もみのハンカチで足を包みながら、嵐志は笑った。そういえば、と雪彦はふと思う。嵐志は何故自分を祭りに誘ったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る