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 が暗くなるにつれて人の数が多くなる。雪彦は嵐志とはぐれないようにゆっくりと歩幅を合わせて歩いた。歩き回って背中がしっとりと濡れてきたのを感じたり、しゃりしゃりと下駄の下で砂利が音を立てるのを心地よく思ったりしながら、神社に続く道を人の流れに乗って歩いた。

「さっきさ、神様も叶えてくれないって言ったよね?」

 嵐志が口を開いた。

「なんで俺なら叶えてくれるって思ったの?」

「さぁ……どうしてだろうね」

 曖昧にして答えると「ちゃんと答えてよ」と腕を引かれた。おっとっと、とバランスを崩すけど、すぐに体勢を立て直す。

「俺にもわかんないんだ。なんとなく、嵐志くんなら叶えてくれるかなって思っただけ」

 これは嘘じゃない。彼ならなんとかしてくれるんじゃないかって。彼はまっすぐで、優しくて、人の願いを無下にできないことを知っている。その優しさに甘えて、付け込んでとも言えることを言ったのだ。少し申し訳なくなった。

「そんなもんか」

 そう嵐志が言うので「そんなもんだよ」と返した。目眩のような蝉の声が消えて、遠くでひぐらしの声が虚しく聞こえていた。

 鳥居の前でお辞儀をしてから、御手水おちょうずに立ち寄る。右手、左手、口を濯いで、柄杓ひしゃくから余った水を流す。嵐志はこうした作法を丁寧にこなしてみせた。雪彦と嵐志が作法順に手を洗うのを隣で見ていた小学生くらいの男の子たちが、ならう様子が横目で見えた。

「ほほえましいね」

「そうか?」

「嵐志くんは誰に教わったの?」

「兄者のを見よう見まね」

「そっか」

「ゆき兄は?」

「俺? 俺は弓道の師範から」

 灯籠に明かりがついて、参道が紅く色づき始めた。花火があがるのもあと一時間。刻々と近づいていた。

「花火、見たい?」

「見る」

「じゃ、お参りしてから場所探そう」

 雪彦と嵐志はお参りを済ませてから、来た道を戻り始めた。手を合わせているとき、嵐志はなにを願っていたのだろう。彼はなにも聞いてこなかったから、雪彦も聞かなかった。話したかったら、彼から話してくれるだろう。きっと、ぎこちなく。

 そういえば、義弟はここ五年の間にすっかりおしゃべりをやめた。五年の歳月は早くて、変化は大きい。初めて会ったときの小学六年生だった少年はもういない。その代わり思慮深い額をした、背の高い、真剣な眼差しをした男子高校生になっていた。思ったことを率直に言うのは変わっていないけど、その節々に、大人びたなにかが垣間見えていた。

 自分もこうして大人になったのだろうか。成人を迎えた自分は、果たして大人になれているんだろうか。

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