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「ほんとになんでもいいの?」
「ん?」
「お願い」
「いい。男に二言はない」
そうは言っているものの、悔しいのが顔ににじみ出ていた。口を尖らせて我慢しているのが丸見えでおかしかった。「それじゃ、遠慮なく」と雪彦は呪文を唱えるようにそっと口に出した。
「大樹に会いたい」
隣を歩く気配がなくなった。振り向いてみると、嵐志はなんとも言えないような表情をして立ちすくんでいた。緑がかった目が大きく見開かれて、雪彦を見ていた。
「うーそ」と笑ってみせる。
「無理」
「嘘だよ?」
「無理」
「だから、」
「今の顔っ」嵐志が泣きそうな声を出した。「…………嘘じゃない」
どんな顔してたんだろう。頬に手をやって、ぎこちなく口角が下がっているのに気づいた。笑うように努めたのに。そっと息を吐いた。夕陽の茜色の中で緑がかった目が鮮やかに見えた。
「うん、嘘じゃない」
「でも無理」
「無理? さっきなんでもいいって言った」
「大樹兄者は、今イギリスだ」
“大樹”は雪彦の恋人ので、嵐志の六つ上の兄だ。現在英国に留学中。ここ二年、嵐志も雪彦も会えていない。
「今日は、七夕なのに?」
顔を近づける。
「織姫と彦星の、一年に一度の
嵐志の目が惑っているのが間近に見える。
「俺は、愛する人に会うことも、できないの?」
嵐志はなにも言わない。眉を寄せて、目を少し潤ませて雪彦を見ている。
かわいそうなことしたかな。
「ごめんね、今のは意地が悪かった。あんまり気にしないで。これは、神様だって叶えてくれない願いだから」
嵐志の頭にそっと手を置いた。
「気にするよ」
嵐志は懐からくしゃくしゃの、紙切れを一枚出した。
「短冊にこんなふうに書かれていたらさ」
それを見て雪彦は息を詰めた。『大樹に会いたい』そう書かれた薄紅色の短冊が、丁寧に伸ばされている。昼間、家の七夕飾りを作っているときに戯れに書いて、そのまま飾らずに、部屋のゴミ箱に捨てたものだ。
「部屋に入ったの? イケナイ子」
今度は雪彦が困った顔をした。
「今は、無理。もう少し、待って。ぜったい、叶えるから」
その真剣な表情が、知っている人に似ていて、思わず笑みがこぼれた。
「嵐志くんは、大樹に似てるね」
「誤魔化すな」
「ごめん」
「俺が欲しいのは『ごめん』じゃない」
「ありがとう」
もう一度、嵐志の頭に手を置いた。指切りをして「ぜったい」と約束する。ぜったい。期待しないで待ってるよ。
「行こう」
嵐志は、うん、とだけ答えた。
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