3
駅を出てすぐの出店でラムネを二つ買って、二つとも嵐志に渡す。
「あーけて」
可愛く首を傾げてみせると嵐志は「いーよ」と器用に片手で瓶を二本持って、いとも簡単に開けてしまった。プシュッ、とガラス玉が押し込まれて、たちまち瓶の中に涼しげな泡が立つ。
「ゆき兄は開けるのヘッタくそだもんな」
「えへへ」
雪彦がやろうとすると、なにを間違えるのか、どうしても吹きこぼしてしまう。それになかなかガラス玉を押し込むことが出来ない。あれにはコツがいるんだと、恋人が教えてくれた。でも正直開けてもらった方が早いことに気がついて、それ以来、誰かに開けてもらっている。
ラムネをこぼさないように掲げて、街灯の光にかざしてみる。液体を通して、光が揺れて顔に降りかかってくる。眩しいのに、眩しくない。ゆらゆらと柔く揺れて、そこにガラス玉の屈折がいくつも入って、瓶の中に虹が見えた。
「綺麗。ラムネの瓶って、どうしてこうも綺麗なんだろうね」
「わかんない」
綺麗で、爽やかで、涼やかで、懐かしくてちょっとばかり切ない香りがする、しゅわしゅわした不思議な飲み物。それを飲むなら夏。そのほかの季節に飲めば、たちまち味や香りが崩れてしまう、儚い液体。清少納言が『枕草子』で「夏は夜。月のころはさらなり、~」と詠っているけれど、そこにラムネを飲むことも追加しておいてほしい。
「最近のラムネはいろんな味があるんだね」
よく見る定番の碧色に混じって、紅だったり翠だったり、黄金色だったりと、色とりどりの瓶が氷水の中で冷やされていた。水の上から見ると、カラフルなゼリーがソーダの中に落とし込まれているようにも見える。
「紅は苺かな。黄金は檸檬かも。黄金も捨てがたかったな。嵐志くんは碧でよかったの?」
嵐志は「碧がいいの」と一言だけこぼしてくぴくぴと喉を鳴らしてラムネを飲んでいた。「なんか、」と言いかけて黙ってしまう。続きを待っていると、もういいや、とさっさと歩き出してしまった。言葉が出てこなくて気まずくなったのか、耳が紅くなっていた。
「嵐志くん嵐志くん」
引き留めると、彼が持っていたラムネの瓶に自分の瓶をカツン、とぶつける。
「乾杯。少し飲んじゃった後だけど」
「あ、忘れてた」と彼も笑った。
「それじゃ、再度」
「乾杯」
もう一度同じ高さに瓶を持って、カツン、とぶつけた。互いの碧い瓶の中で、ガラス玉がカリン……カリン……と夢の始まりのような音を立てて揺れた。
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