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まだ日も暮れてないというのに、電車が一宮駅に近づく度に人が多く乗り込んでくる。年齢はそれぞれ。でも浴衣で晴れやかに
「友だちと来なくてよかったの?」
「いいの」
問えばぶっきらぼうに答えが返ってくる。これは喧嘩でもしたのかもしれない。嵐志はその素直さから、よく友人と仲違いを起こす。間違いを間違いだとぶつけることができるのだ。それが自分より年上であろうとも。
嵐志が中学の時には、こんなこともあった。嵐志のクラスメイトが野良猫を保護した。しかしその生徒は避妊の処置もせず、次々と子どもを産み増やし、とうとう多頭飼育崩壊を起こしてしまった。しかもあろうことか、その生徒は増えた猫や生まれたばかりの子猫を保健所に引き渡してしまった。そのやりとりの一部始終を、嵐志は目撃してしまったのだ。その時の嵐志の荒れ様は酷かった。相手に馬乗りになって正面から何度も何度も殴りつけていた。「責任とれないなら最初から拾うな!」とものすごい剣幕で、雪彦が止めなければ、危うく傷害事件で訴えられるところだった。
扉にもたれかかる嵐志は、なにやらじっと窓の外を眺めていた。なにも話さないなら、こちらから無理に聞くこともない。話したいときに話せばいい。懐から扇子を出し、首筋に風を送りながら雪彦も窓の外に視線を投げた。
一宮の駅に着くと、思った通りどっと人が降りていく流れに乗って、雪彦と嵐志も車両を降りた。はき慣れない下駄によろけて、嵐志が雪彦の袖を掴んだ。大丈夫? 平気。そんなやりとりをしていると、ふつふつとした祭りの高揚感と、むっとした夏の熱気が混ざって妙に肌がべたつく感じがした。
「嵐志くん、お手」
改札を出てすぐに、雪彦は懐に手を突っ込んだ。急に何事かと訝しげに嵐志が手のひらを出す。その手のひらに、シュッと制汗剤を吹き付けた。炭酸スプレーのパチパチするやつ。夏みかんのすっきりとした香りが咲く。
「うぉっ、つめたっ」
「首とかにつけなね? 嵐志くん、蚊に刺されやすいでしょ。柑橘系は虫除けにもなる」
自分も手のひらに出して、首筋や鎖骨、足首にも少し付けた。雪彦をまねて、嵐志もぺたぺたと肌に馴染ませる。
「パチパチする」
そう言った嵐志の表情が、楽しそうに和らいでいた。頬に少し赤みが差している。
「不思議。ラムネみたい」
「いいね。ラムネ、飲もうか」
「飲む」
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