聖女として召喚されたのがライビュの前日だった件
酒本アズサ
第1話
「成功だ!」
「聖女様が召喚されたぞ!」
「歓迎致します、聖女様!」
薄暗い石造りの一室の床に光で浮かび上がってる魔法陣らしきものの中心に居る私。
ファンタジー映画の撮影現場に紛れ込んだ様なズルズルした白い服を着た数十人の歓声を上げる人達。
私、さっきまで家に居たよね?
お風呂に入ろうと脱衣所の引き戸を開けた時に眩しいって思ったらここに居た。
手にはお風呂上がり用のバスタオルと着替え一式を抱きしめ、ブルブルと震えている。
ワラワラと笑顔で寄って来る人達の中で、偉い人だろう白い髭を生やしたお爺さんの胸倉を右手で掴み寄せて思わず怒鳴りつけた。
「ライビュは明日なのよ! 今すぐ元の場所に帰して!!」
うん、すっごくシーンとなった。
でも仕方ないと思うの、明日は待ちに待った推しのライブビューイングだったのよ!
私は
夏休み最後の週末はバスケ部の三年生の引退試合も終わり、平日は練習があったけど週末は休みになると分かっていたから友達と推しのライビュに行く約束をしてチケットも無事ゲットし、親に文句を言われない様に宿題も終わらせた!
むしろライビュの為に宿題を終わらせたと言っても過言ではない。
ペンライトもちゃんと公式の推しカラーに好きな様に変えられる仕様の物も通販で買ったし、ライビュの為に推しカラーの服も買った。
明日はグッズを買う為にも早目に家を出る予定だから、いつもより早い時間にお風呂に入っておこうとしたとこだったのに!
私の剣幕に状況説明するからとお爺さんと引き剥がされ、ちゃんと太陽の光が入る結構豪奢な部屋に通された。
どうやらさっきまで居たのは地下だったらしい。
私は着替え一式を抱きしめたまま、勧められたソファに座った。
凄くフカフカで私でも高級品だとわかった。
紅茶を出されて待つ事しばし、さっきのお爺さんとロマンスグレーというやつだろうか、素敵なおじ様と若いイケメンの三人が現れた。
どうやらお爺さんが神殿長、おじ様が神官長、イケメンは神官との事。
二人は向かいのソファに座っているが、イケメン神官は後ろに控えて立っている。
自己紹介してから神殿長が口を開いた。
「聖女様、まず最初に聖女様は元の場所、召喚されたその瞬間に戻る事が可能ですじゃ」
「本当ですかッ!?」
興奮して思わず立ち上がる。
「落ち着いて下さい、ここから先は私が説明致します」
神官長が低音イケボで話始める。
「まず、聖女様が元の世界に還る為には召喚した理由が関わってきます。 私共が聖女様を召喚したのは神殿の奥の聖域に座す神獣の卵を孵して頂く為です」
「神獣の卵?」
「はい、数百年に一度聖域に神獣の卵が現れるのですが、聖女様の神力を注いで成長させなければ孵らないのです。 その神獣が聖女様を元の世界の同じ場所、同じ瞬間に帰還させる事ができると伝承にあります」
「じゃあ、どれだけ時間が掛かっても神獣さえ無事に卵から孵れば大丈夫って事ね」
ライビュには行けるんだ、とホッと息を吐く、その様子を見て神殿長達も安心した様だ。
だが少々気まずそうに神官長が口を開く。
「ただ…、聖女様自身の時間は元に戻せないそうなので、あまり時間をかけ過ぎると戻った時に年齢が違ってしまうという事が起こり得ます」
それは不味い、まだ少しは身長が伸びてるから一日で「背が伸びてない?」なんて事を言われる可能性が…!?
「あのっ、神獣の卵ってどれくらいで孵化するものなんですか?」
「前回の記録ですら三百年前ですからのぅ…、聖女様の力によって一週間の場合もあれば一年掛かった例もあるそうですじゃ」
記憶を辿る様に神殿長が髭を撫でながら答える。
「わかりました、最短の一週間を目指します。 やり方を教えて下さい!」
早くしないとせっかく覚えた曲の歌詞とか忘れちゃったら大変だもんね。
今の私は推しの為に何でもやれる愛がある!
「こちらのアンドレが僅かながら神力を持っているので使い方をお教え致します」
ア・ン・ド・レ!?
内心あの有名なフランス革命漫画の登場人物と同じ名前にテンションが上がった。
金髪碧眼だけどイケメンだし。
近くに来て膝をつき、そっと私の両手を取る。
「今から聖女様の右手から左手側に神力を流します、感じ取れたら教えて下さいね」
涼やかなイケボで言われ、コクコクと頷く。
すぐに温かい何かが右手から入って身体の中を流れる感覚がした。
「な、何か温かいものが身体に流れているが感じます」
左手から抜けていく時にちょっとゾワゾワしてヘンな声が出そうになった。
それが分かっていたみたいに妙に色香を含んだ微笑みを向けられた。
このイケメンってもしかしてハニトラ要因だったりするわけ!?
この世界に留まらせようとする要員とか!?
「その温かいものを身体の中で自在に循環させる事が出来たら、いつでも神獣の卵に神力を供給できるという事です。 循環はできそうですか? 無理ならしばらく補助致しますが」
私の中でアンドレは要注意人物認定したので極力関わりたくない、この世界の人達は欧米人みたいに彫りが深くて馴染みがない分イケメンとは思うが好みではない。
何より私には推しの彼がいる!
二次元だけどな!
「ちょっと試してみます」
目を閉じてさっきの温かいものが血液みたいに循環するイメージを浮かべる。
さっきアンドレは僅かながらって言われてたけど、その理由がわかった。
アンドレに流された神力が水圧の低い水道だとすると、私のはちょっとした川が流れていると表現できる量が流れている。
「できました」
にっこり微笑んで三人に報告した、これで早速神力を注ぎに行ける!
「では湯あみをして聖女様用の巫女服にお着替え下さい」
テーブルの上にあったベルを鳴らすと白い服を着た女性達が現れ、案内をしてくれた。
湯あみを手伝うと言われたが一人で大丈夫と断り、使い方だけ聞いて入ろうとした…が。
来た、そろそろと分かっていたけど来てしまった。
浴室の外に控えてくれていた巫女のお姉さんさんにおずおずと声を掛ける。
「あの…、生理…月のものが来てしまったので、こちらでの対処方法教えて頂けますか?」
恥ずかしい、半泣きだ。
この世界では使い捨ての生理用品何てなさそうだし。
巫女のお姉さんは優しく教えてくれた、俗にいう布ナプキンというやつを使うらしい。
出た、という感覚がある度取り換える事を勧められた、何故なら神殿で着る服が白いから。
とりあえず生理中でも神力を流す事に支障はなく、聖域に入るのも聖女であれば問題ないらしい。
聖女は汚れなき乙女でなければならないという条件だけらしい、その辺は全く問題ないからね、哀しい事に!
頭の中はともかく身体は清らかなのさ。
湯浴みを済ませて聖域の奥へと向かう。
召喚された部屋と同じ石造りではあるが、何故か木や草花が生えていて、その植物が光に包まれて辺りを照らしていた。
三畳程の台座の窪みに、通学に使ってるリュックくらいの大きい卵が入っていた。
台座に上がってみると高反発のマットレスみたいな感触だった。
卵にそっと手を添え神力を流し込むイメージを浮かべる、何となく卵の中の様子が伝わってきた。
神力が美味しい、大きくなれて嬉しい、そんな感情が伝わってくる。
しばらく神力を流していたが、まだまだ神力が枯渇する様子はない。
要するにただひたすら神力を流すだけだと暇になってきたのだ。
そして私は閃いた。
そうだ、ライビュの為に曲の復習しておこう。
この聖域の最奥の間という場所には特定の人しか入れないらしく、案内してくれた巫女のお姉さんは扉の向こうに控えている。
そうなれば当然歌うよね、最奥の間はテニスコートくらいの広さなので普通に歌っても扉の向こうに聞こえるかな?って程度だろうし。
推しの尊い姿を思い出しながら歌う、ああ、この部分推しのソロパートなんだよね~!
私のテンションと神力の注ぐ勢いがシンクロしてる気がする。
むしろ神力ってより推しへの愛を注いだという感覚に近くて三曲歌った時点で「はふぅ~」と満足感たっぷりに息を吐いた。
パチパチパチパチ
拍手に驚いて振り返ると、いつの間にか最奥の間に神殿長と神官長が居た。
「見事な歌声ですな、さすが聖女様ですじゃ」
「愛が溢れる素晴らしい歌でしたね」
「うわぁ~!? いつの間に!?」
歌を聞かれた恥ずかしさから顔に熱が集まるのがわかる。
音痴では無いけどカラオケで百点を取った事はない、最高記録は98点だった。
「おかげで神獣の卵がとても成長しておりますじゃ」
言われて見てみると、確かに二回りくらい大きくなってるような…。
「この調子なら数日以内に孵りそうですな」
「本当ですか!?」
嬉しい情報に思わず「ヨッシャァ!」とガッツポーズしてしまった。
過去最速で卵を孵した聖女として記録を残してやる!
しかし今日はもう神力が流れにくくなっていたので休む事にした。
湯浴みはもうしてあるから聖女用の部屋で食事をして寝るだけだ。
起きたら朝食後に湯浴みをして、また神力を注ぐとのこと。
巫女のお姉さんに給仕もしてもらい、庶民の私は落ち着かない状態で夕食を頂いた。
何かあればベルを鳴らして下さいと水差しとグラスを置いて出て行った。
しばらくしてノックが聞こえ、返事をするとアンドレが入ってきた。
え? 今から寝るってわかってる時間に男一人で来るって、この世界だと常識的にありなの?
しかも私の格好ワンピースみたいなパジャマだよ!?
戸惑っていると手を取り引き寄せられた。
「いきなり聖女として召喚されてさぞかし戸惑われていると思います、その御心をすこしでも慰めたく参りました。 聖女様、貴女をお慕いしています、どうか私の心を受け入れて下さい…」
きっと大抵の女性は落ちるであろう甘い言葉を囁き、じっと見つめられた。
しかし私は知っている、いいとこ私の見た目は中の上だって事も、すれ違った数人の巫女さん達の顔面偏差値の高さも。
見た目じゃなく中身と言われる程話をした訳でもない。
となれば他に目的があるという事、冷めた目で見つめ返す私に神力を流し込もうとするのを感じた。
身体から籠絡する気!?
カッとなって逆にこっちから神力を流し込んで反対の手から流した分抜き取ってやった。
「あああぁっ…!」
アンドレの身体が痙攣した様にビクビクと動き、エロい声を出して倒れた。
まだヒクヒクして涎を垂らしている、顔がイッちゃってて結構怖いし、嗅いだことの無い変な臭いもする。
とりあえずベルを鳴らして人を呼ぶ、鳴らした直後にノックが聞こえ、入室を促す。
神官長と数人の神官、お世話してくれてる巫女のお姉さんが入って来た。
アンドレの状態を見て絶句する。
「聖女様…? これはどういう状況ですか?」
戸惑いながらも神官長が訊ねる、私はアンドレが嘘にしか聞こえない口説き文句を言ってきて、応えなかったら神力を流し込もうとしてきたので逆に流し込んで抜き取った事を正直に話した。
神官長は以前からアンドレを怪しんでいて、今夜も姿が見えなかったので探していたそうだ。
ちなみに神官や巫女など神力を身体に流し込んで抜き取ると快楽を得られるのだが、神力の少ない者でもそうなのに聖女の膨大な神力でそんな事をしたらどうなるか、アンドレの状態を見て推して知るべし。
現場を押さえる事が出来たので尋問すると言って失神したままのアンドレを神官達が両脇を抱えて出て行った。
何だか変な臭いが部屋に残ってたので巫女のお姉さんが換気をしてくれた。
なんだか寝る前に慌しかったけど、明日になったら何か分かるだろうか。
「おはようございます」
「ママおは…」
寝ぼけながら挨拶しようとしてハッとした。
私異世界に召喚されたんだった、今まで家族の事すっかり頭から抜けてたよ。
ライビュで頭いっぱいだったし、色々あったから仕方ないよね!
心の中で言い訳しつつ、改めて巫女のお姉さんに挨拶する。
「おはようございます」
桶に水が入った物を持って来てくれたので顔を洗う。
「では朝食に致しましょう、食後に湯浴みをされたらこちらの衣にお着替え下さい。 脱衣所に置いておきますので」
促されるまま食事をして湯浴みをする、着替えて出ると神官長が待っていた。
「昨夜の出来事の報告に参りました。 アンドレは王家の回し者だったようです」
訳が解らず詳しく聞いてみると、この三百年の間に神獣の卵が現れず、神殿の権威が弱まり王家の権威が強まっていた。
ところが神獣の卵が現れ再び神殿の権威が強くなり始めた。
それを良く思わない王家が卵の孵化を妨害する為に、見目も良く神力の使えるアンドレを買収して聖女の純潔を散らそうと画策したが返り討ちにあったという事。
アンドレはあの時の快感が忘れられず私に会いたがっているが、聖女に害を為そうとした罪人として牢に閉じ込めて出さないので安心して欲しいと言われた。
むしろ会いたがってるとかその理由とかも教えないで欲しかった…。
話を聞いた後、再び最奥の間に来て神獣の卵に触れる。
神力は元通りの量になってるらしく、昨日みたいに歌いながら神力を注ぐ。
あなたが産まれたらライビュで推しに逢えるのよ、早く元気に産まれておいで~!
歌は基本的にラブソングだ、愛のエッセンスたっぷりの神力で五日間で最初のサイズの四倍くらいになっていた。
あ、もう一息で孵化する。
本能的に感じたので一旦神力を注ぐのを止めた、最速孵化記録を更新する事になりそう。
孵化の瞬間に立ち会いたいだろうなと思い神殿長と神官長を呼んでもらった。
「なんと素晴らしい! 過去最高の神力をお持ちの聖女様ですじゃ」
「しかも孵化の瞬間に立ち会えるなど、歴代の神殿長や神官長でも初めてのはずです! ありがとうございます、聖女様!」
とても喜んで貰えて照れてしまう。
「えへへ、では再会しますね」
今度は歌わずに集中する、ずっと歌いながらだったせいか調子がでない。
最後だからと綺麗なメロディがお気に入りのバラードを歌いながら神力を注ぐ。
この曲は生まれ変わっても君を愛する、たとえ年齢差があっても性別が同じでも関係ない、君であるなら必ず君を見つけ出して愛するよ、という御腐れ様のファンを増やしたと同時に究極のストーカー宣言が恐ろしいと物議を呼んだ迷曲でもある。
歌い終わったと同時にピシリと卵に亀裂が入る。
ピキ ピシッ パキパキ
音と共に中から強い光が溢れる。
「ありがとう、君のお陰で産まれる事ができたよ」
強い光が収まり、優しい光に包まれた麒麟の様な姿の神獣が姿を現す。
「喋った…!」
「神獣だからね、後は君に名前を付けて貰えたら元の世界に還せるよ。 還る準備をしておいで」
「はい!」
まだ言葉を失って惚けている神殿長と神官長にその場を任せて、巫女のお姉さんに案内を頼んで召喚された時の服に着替えて持って来てしまったバスタオルと着替え一式を持つ。
生理は終わりかけだけど下着に当てる布は一枚貰って還る事にした。
考えてみたら二日目でライビュに行ったら全力で楽しめなかったかもしれない、召喚されてラッキーだったのかも。
最奥の間の前でお世話になった巫女のお姉さんにお礼を言う、逆にお世話出来て光栄でしたと言われてしまった。
「おまたせしました!」
とても感激して感謝の言葉を並べる神殿長と神官長にも別れの挨拶をして神獣と向かい合った。
名前はもう決めてある、初めて見たその時から。
何故ならその瞳が推しの名前と同じ色、推しカラーでもあるその名前。
「あなたの名前は『
「ありがとう、『神獣紫苑の名において聖女を帰還させる』さようなら」
光に包まれて視界がボヤけた様に見えた次の瞬間、家の脱衣所の引き戸を開けた状態の私が居た。
「白昼夢…?」
何だか頭がぼんやりしている、とりあえずお風呂に入ろうと服を脱いでいく。
最後に下着を下ろした時に僅かに血が付いた当て布。
「白昼夢じゃなかった…」
あの五日間をはっきりと思い出した。
そしてそのお陰で明日全力でライビュを楽しめる事も。
明日の為にも私はその日早く寝て、翌日全力でライビュを楽しんだ。
一方、神獣紫苑は深く愛し合う者達なら年齢差がどれだけあっても同性同士でも関係なく祝福を与えた為、『愛の神獣』という
神獣の祝福を受けた恋人達は周りにも祝福され、幸せに生涯を共にしたという。
聖女として召喚されたのがライビュの前日だった件 酒本アズサ @azusa_s
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