第556話 外伝7部 第四章 6 出発前夜
マリアンヌはちょっとそこまで出かけてくる的な気軽なニュアンスで、自分がセントラルに招かれていることをアドリアンとオーレリアンにだけ告げた。
2人だけを別室に呼びだす。
「えっ……」
話を聞いた2人は固まった。
他国の話は基本的に国民には伝えられない。王族は知識としては学ぶが、詳しい話を教わるのは嫡男くらいだ。アドリアンとオーレリアンは双子なので2人とも話を聞いている。だが本来は跡を継ぐ王子にだけ伝えられる情報だ。その一般的には秘匿されている情報の中にセントラルのことがある。でもそれも国名と役割について以外はほぼ謎だ。
「セントラル……」
オーレリアンは呟く。
その国は最初の人生の時にはすでにあった。おそらく、この大陸の中で、どの国よりも最初に出来た国だろう。
オーレリアンの一番目の人生はまだ混沌とした時代の中にあった。いろんな国が国としての形を成し始めた時代で、今はもう存在していない国もあるし、逆にまだ出来ていない国もある。今とは世界地図の国分けは大きく違っていた。
だがその中でたった一つ、今も昔もその立ち位置を変えていない国がある。それがセントラルだ。
あの時代すでに、セントラルは管理者の立場にいた。国と国にが揉めて戦いが起こりそうになると、介入して鎮める。武力での制圧をよしとせず、軍事国家は徹底的に解体された。それでも不満が出ないのは、無くなった軍事国家の後に出来た国が前より良い治世を行ったからに他ならない。民にとっては、自分達の暮らしがよくなるなら上に立つ人間が誰であろうと構わないのだ。戦争なんていうものをしたがるのは、自分達が戦場に立つことの無い上層部の人間だけだ。自分の夫や息子を戦場に送り出したい民などいない。
今の時代はどの国も情勢は落ち着いていた。セントラルがその権力を揮う必要はほとんどない。だが、オーレリアンの記憶にあるあの時代のセントラルは猛威を揮っていた。
もちろん、全ての国がそれに屈したわけではない。反発も激しかった。だがセントラルと敵対した国はとことん潰される。協和を選んだ国のみが生き残った。
結果的に、それで世界は平和になる。今の世界のありようを見れば、セントラルのやったことは間違っていないとオーレリアンには思えた。セントラルの自国の利益を追求しない姿勢が、他国からの信頼を厚くしている。
「何か知っているのか?」
アドリアンはオーレリアンに尋ねる。何度も転生を繰り返してきたオーレリアンの知識量は半端ない。
「いや、わたしにとってもあの国は謎のままだ。だが覚えている限りでは、セントラルが横暴なことや不条理なことを押し付けてきたことはない」
オーレリアンは答えた。
転生を繰り返すたびに知識は蓄積されていく。だが、全てを覚えていられるわけではなかった。薄れゆく記憶の中で、忘れていることももちろんある。だが大事なことはさすがに忘れてはいないだろう。
「何のために呼び出されたのかわからないのだけれど、心当たりがないので深く考えることはやめたの」
マリアンヌは暢気なことを言った。
「相変わらず、変なところで豪胆ですね」
オーレリアンは苦く笑う。マリアンヌらしいとも思った。
「わからないことを考えても時間の無駄でしょう? だから、わかってから考えることにするわ」
マリアンヌはにこにこと笑う。
「本当は子供達には黙って行こうかと思ったの。でも、メリーアンあたりが大騒ぎしそうでしょう? だからあなた達2人にだけは話して行くわ」
母の言葉に、アドリアンは微妙な顔をした。
「厄介事を押し付けるんですね」
迷惑そうに言う。
「ええ。上手くやってね」
マリアンヌは丸投げした。
「いつ、出発するんですか?」
オーレリアンはため息まじりに尋ねる。仕方ないという顔をした。
「迎えが来るのは明日よ」
マリアンヌは答える。
「明日……」
オーレリアンは動揺する。ギリギリまで、母が話すか話さないか迷っていたのがよくわかった。
「いつから決まっていたんですか?」
渋い顔で母を見る。もっと時間があれば、何かしらの準備が出来たのではないかと考えた。もっとも、セントラル相手に小手先の何かでは通用しないだろう。
「一週間前くらいね」
マリアンヌは答えた。
「ああ、だからか」
アドリアンは妙に納得する。
この一週間、いつもに増して父は母にべったりだ。離宮にいる時は片時も側を離れない。旅先でいろいろと盛り上がることがあったのかもしれないと邪推していたが、不安の表れだったようだ。
「父様と兄弟達のことをお願いね」
マリアンヌは頼む。
「お別れみたいなセリフ、口にしないでよ」
アドリアンは嫌がった。
「別れだなんて思っていないわ。絶対、帰ってくるもの」
マリアンヌは小指を差し出す。息子達と指切りをした。
「絶対、戻って来て」
アドリアンは頼む。
「もちろん」
マリアンヌは大きく頷いた。
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