第557話 外伝7部 第五章 1 異質




 セントラルの迎えは普通の馬車だった。華美さはなく地味なのは、お忍びだからだろう。こっそりと馬車に乗って、マリアンヌは王宮を出た。


 ラインハルトの見送りは断る。皇太子に見送られたらいやおうなく目立つ。出発前に駄々を捏ねられても厄介だ。迎えに来た使者の心証を悪くしたくない。


 マリアンヌが護衛のいない状態で馬車に乗るのは嫁いでから初めてのことだ。自分の立場を考えると、許されることではないだろう。




(それを認めるくらい、国王はセントラルを信用しているのか。それとも、逆らえないのか)




 どちらだろうとマリアンヌは考えた。その答えは簡単に出そうには無い。馬車に同乗している迎えの使者は2人だ。2人とも20代くらいの若者で、凛としている。自信に満ち溢れているという印象を受けた。


 馬車の中で、2人は必要以上に口を開かない。


 マリアンヌも何を聞いたらいいのかわからないので、質問しなかった。


 沈黙が続く。だが、不思議とそれは気まずいものではなかった。


 例えるなら、電車やバスで見知らぬ他人と乗り合わせている感じに近い。互いに相手の存在を意識していなかった。


 馬車はひたすら北上する。暗くなるまで走り続けた。


 マリアンヌは手持ち無沙汰で、窓から外を眺めていた。特に変わった光景はない。王都を出ると、いつもどおりに長閑な田園風景が広がっていた。だが、気のせいでなければ馬車はどんどん人気のない方に向かっている気がする。




(どこに向かっているのだろう?)




 不安を覚えた。心臓がトカトカしてくる。




「あの……」




 迷って、口を開いた。




「はい」




 口を閉ざしていた使者の一人が返事をする。確か、アベルと名乗った方だ。ちなみにもう一人はカインと名乗る。それを聞いたマリアンヌは何とも微妙な気持ちになった。その名前は聖書とかそういうものに詳しくないマリアンヌでさえ覚えがある。それは人類で最初だという人殺しを行った兄弟の名前だ。正確には、一人は殺された被害者だけれど。


 縁起でもないと名前を聞いた時に思ったが、今の状況ではなおさら笑えない。




「この馬車はどこへ向かっているんですか?」




 マリアンヌは尋ねた。




「とある場所に向かっています。そこで馬車から乗り換えます」




 アベルは説明する。




「……」




 マリアンヌは何とも不安な顔をした。




「そんな顔をなさらなくても大丈夫です。乗り換えるのはマリアンヌ様も知っている乗り物ですよ」




 アベルは優しく微笑む。


 だがちっとも安心出来なかった。なぜなら、マリアンヌが知っている乗り物なんてこの世界では馬車くらいしかない。馬車から何に乗り換えるつもりなのか、全く予想が出来なかった。


 だが程なく、マリアンヌは正解を目にする。


 行き着いた場所は牧場みたいだった。ただし、そこは牛も馬もいない。大きく囲ってある柵があって、その中には家畜の代わりに大きな何かが置いてあった。その何かはブルーシートにしか見えないものに覆われている。




「……」




 マリアンヌは困惑した。まず、ブルーシートが気になる。どう見てもあの素材はビニールだ。だがこの世界にビニールなんて化学製品は存在しない。




(どういうこと?)




 プチパニックを起こした。それに、ブルーシートに覆われたものが妙に大きいのも気になる。


 心臓が無駄に早く鼓動を刻み、煩かった。




 アベルとカイン、それに馬車の御者が3人がかりでブルーシートを外す。


 中から現れたのは見間違えようがないモノだ。


 だが、この世界にあるはずがない。




「ヘリコプター?」




 マリアンヌは首を傾げた。目の前で見ても、信じられない。だがどう見てもそれはヘリだ。




「正解です」




 カインが笑う。




「やはり、ご存知でしたね」




 アベルにそんなことを言われた。




「……どういうこと?」




 マリアンヌは首を傾げる。意味がわからなかった。




「その説明はセントラルについてからにしましょう。まずは乗ってください。闇に紛れて、出発します」




 アベルに急かされる。


 わたしは黙って、ヘリコプターに乗り込んだ。


 実は前世でも、飛行機には乗ったことがあるがヘリコプターはない。シートベルトを締めると、ドキドキしてきた。




「出発します」




 御者が運転席に座っている。彼はどうやらパイロットだったようだ。


 ヘリコプターは煩い音を立てて、空に飛び上がった。滑走路の必要がないのでヘリコプターなのだと、マリアンヌはぼんやりと理解した。


 牧場程度の広さがあれば、離着陸できる。


 ちなみに乗ってきた馬車は側にある建物の中に馬ごと収納されていた。通いで馬の世話をする人がやって来るらしい。普段は馬車を引いていた馬がこの牧場で飼育されているようだ。


 ヘリコプターは上空まで上がり、真っ直ぐに北を目指した。セントラルに向かう。当然、そのスピードは馬車なんて目ではない。


 夜空を飛んでいるのでよくわからないが、たぶん凄いスピードで進んでいるだろう。




「夜に飛ぶのは、住民達に気づかれずにヘリコプターで移動するためですか?」




 マリアンヌは質問した。


 街灯なんてない田舎だ。夜は当然、暗い。しかも今日は新月だ。いつもより夜空も暗い。




「そうです。馬車で何日もかけて移動するのは時間の無駄ですから。一気に距離を詰めさせていただきました」




 カインが答える。




「着いた先がセントラルなのですね?」




 マリアンヌは確認した。




「そうです」




 もう一度、カインは頷いた。








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