第551話 外伝7部 第四章 1 日常





 マリアンヌたちがアルステリアで結婚の根回しについてあれこれやっている頃、結婚する当の本人は暢気にいつもと変わらぬ日常を送っていた。


 公務も淡々とこなす。


 婚約を機に、アドリアンは祖父の側近から外れることになっていた。次の皇太子として部屋を与えられて独り立ちする。今は仕事の引継ぎに追われていた。


 今まではずっとオーレリアンと一緒だったが、さすがに今回は一緒にというわけにはいかない。オーレリアンはこれまでどおりに側近として残り、今後も祖父からいろいろ学ぶことになっていた。


 引き離されることに、アドリアンは不満を持っている。だが、仕方ないことだとわかっていた。


 2人の待遇にわざと差をつけるのは、周囲へのアピールだ。跡継ぎが誰なのかをはっきりと示している。


 わかっているから、文句は言えなかった。それがオーレリアンの希望通りだと知っている。


 一緒に仕事できる日々は残り少なくなっていた。




 そのことを寂しく思っているのはアドリアンだけではない。オーレリアンも寂しく思っていた。仕事中だけとはいえ、アドリアンと長い時間離れるのが日常になる。


 なんとも微妙な気分になった。変わらないものなど何も無いのだとしんみりする。


 今日の夕食の席も両親とメリーアンがいないのでいつもとは違った。妙に静かだ。不在だと、母の存在を逆に強く感じる。なんだかんだいって、この家は母を中心に廻っている。父が不在でもたいして支障はないが、母の不在は大きい。


 とりあえず下の弟達は元気がなかった。苦労性の三男のエイドリアンは弟達の面倒に手を焼いている。




(出来た弟だな)




 あれこれと気遣っている様子を見ながら、オーレリアンは感心した。


 エイドリアンは世話好きで他人を放っておけない。そういうところは兄弟の中では一番母に似ていた。顔立ちも他の兄弟に比べたら地味で、一番母に似た感じがある。


 そのせいか、父のお気に入りは確実にエイドリアンだ。兄弟の中では三男を一番可愛がっている。


 自分が一番でなくても、オーレリアンは気にしなかった。


 何度も転生を繰り返していれば、そんなことはよくある。王位を継いだからといって、必ずしも可愛がられていたとは限らない。むしろ、王位を継がなかった兄弟の方が親には可愛がられているなんてよくあった。


 跡継ぎだからこそ、厳しく育てられる。両親との間には常に距離があった。だから、マリアンヌみたいな母親に戸惑う。スキンシップが過多で、よく抱きしめられた。愛していると何度も言葉にして伝えられる。


 まるで、そんなことを自分がされたことがないことを知っているように。




(でもきっと、本当は何も考えていない)




 一見いろいろと考えていそうに見えるのに実はけっこう行き当たりばったりで、母は案外適当に生きていた。そのことに気付いたのはオーレリアンがそこそこ大きくなってからだ。


 その場その場で最適だと思われることを選択しているので、時々、本人の意図しない状況に事態が進む。それを周囲は最初から目論んでいたのだと誤解して、悪女だと思われてしまうことがたまにあった。そんな深いこと、考えていないのに。


 母はちょっと損をするタイプだと思う。母本人をよく知る人間は誤解しないが、遠目からだとけっこうな悪女に見えるらしい。


 母が悪女なら、世の中のたいていの女性は悪女になると思うが、誤解と言うのは簡単には解けない。




 人は見たいものしか見ないから、相手が見えているものを違うと否定するのはとても難しい。ほとんど無理だから、そんな無駄なことに労力をかけるつもりはない。――そんなことを昔、母に言われた。何故、誤解を解こうとしないのか、聞いたときだと思う。


 それが真理だと気付いたのは、祖父の側近として文官の仕事をするようになってからだ。確かに、人は見たいものを自分の見たいようにしか見ない。それをいちいち気にするのは無駄だった。この世の中の全員に好かれることなんて無理だから、自分を嫌いな人のことはそのまま受け入れるのが一番だ。嫌われる勇気が人生には必要らしい。


 全員に好かれる必要はない。嫌われたっていいのだというのが母の持論だ。おかげで、オーレリアンはだいぶ楽に生きている。


 マリアンヌが母親であることに、感謝していた。




「オーレリアン?」




 弟達の世話をしているエイドリアンをぼうっと見ながらそんことを考えていたら、アドリアンに声を掛けられた。




「どうした? ぼーっとして」




 心配な顔をされる。


 世の中の全員が自分を嫌いになっても、アドリアンだけは自分を嫌わないだろう。ずっと味方でいてくれる気がした。


 双子で生まれたことにも感謝している。


 今回の生は生れ落ちたその瞬間から、一人ではなかった。




「何でもない」




 オーレリアンは小さく首を横に振る。


 アドリアンに感謝しているなんて、気恥ずかしくて言えなかった。




「ところで、今さらだが結婚する本人が行かなくて良かったのか? オフィーリアの実家への挨拶に」




 オーレリアンは心配する。


 両親がアルステリアへ2人で挨拶に行くというのをオーレリアンもアドリアンも普通に受け止めた。家のことはマリアンヌが中心に仕切っていて、違和感はなかった。だが、冷静に考えるとちょっと可笑しい。結婚の挨拶なら、結婚する当人が行くべきではないだろうか。




「結婚と言っても、家と家との話し合いだ。母様達が行って正解だろう」




 アドリアンはのほほんと答える。全く興味がなかった。婚約が成立した時点で、自分の役目は終了したと思っている。




「自分の結婚なのに……」




 オーレリアンは苦笑した。




「好きで結婚するわけじゃない。誰かさんが跡継ぎがいなければ王位は継げないなんて決めたから厄介なことになっているだけだ」




 アドリアンは恨めしげな顔でオーレリアンを見た。


 結婚願望なんてアドリアンには無い。結婚したい唯一の相手とは結婚出来ないのだから。


 ただし、国王になって国を良くしたいという気持ちはあった。国民を愛している。自分の手で、よりよく豊かな国を作りたいと思っていた。民に幸せになって欲しい。




(そんなこと言われても)




 オーレリアンは困った。前の人生の話を言われてもどうしようもない。


 そんなオーレリアンにアドリアンはにやっと笑った。




「嘘だよ。悪い制度だとは思っていない」




 アドリアンは首を横に振る。




「ちょっと厄介だけど、正しいと思う」




 遠まわしに、オーレリアンを誉めた。愛しげにその顔を見つめる。




「それはどうも」




 オーレリアンは気恥ずかしくなり、頬を赤くした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る