第550話 外伝7部 第三章 7 ショッピング
アルステリアの王都には広い大きな道が通っていた。
(他国に侵略されることを想定していない街づくりね)
マリアンヌは馬車でその道を走りながら、心の中で呟く。平和なのだと思った。
実際、この世界で戦争している話は聞かない。最初は自分が知らないだけなのかもしれないとマリアンヌは思っていた。だが、そうではない。王家に嫁いで他国の情報が耳に入るようになってからも、戦争をしている国があるという話は一度も聞いたことがない。
破壊行為でしかない戦争なんて、人が愚かである象徴だと思っているマリアンヌはそのことにとても満足していた。この世界に転生して一番良かったと思っているのは、世界が平和であることだ。
敵に攻め込まれることを想定して、入り組んだ道や幅を狭くする必要が無いのは幸いだと思う。
馬車の窓から道沿いの賑やかさを見てその気持ちはさらに強くなった。
誰もが楽しそうにショッピングしている。
帰国前日、メリーアンにせがまれてマリアンヌは街に買い物に出ていた。
一応、お忍びというていではあるがしっかり護衛がついているので全く忍んではいない。
(偉くなればなるほど自由ってなくなるものなのね)
そんなことを考えながら、娘の買い物に付き合うことにした。行き先はすでにピックアップしてある。しっかりアルステリアの流行を情報収集している娘にマリアンヌは感心するより少し引いた。
「9歳児がしっかりしすぎていて怖い」
マリアンヌはぼやく。
効率よく店を廻れるよう、ルートもメリーアンは指示していた。その手際のよさに感心する。
「こんな情報どこで……」
問いかけて、聞くまでもないと気づいた。メリーアンが情報を聞ける先なんて限られている。テレサ以外にはなかった。だがその割りに、けっこう庶民的なリーズナブルな値段のお店も入っている。さっき寄った店はかなりお安かった。
「ねえ、メリーアン。今日廻っている店って全部テレサ様に教えてもらった店なのよね?」
気になって、マリアンヌは確かめる。
「そうですよ、母様」
マリアンヌはにこりと笑った。その顔は完璧な美少女だ。
(わが子ながら、本当に可愛い)
ほわわんとした気分になる。同時に、ちょっとほろ苦い気分にもなる。自分の小さな頃を思い出した。
超がつく美人の母を見て育ったマリアンヌは自分は母親に似ているのだろうと漠然と思っていた。父親もそこそこイケメンだったので、どっちに似てもそれなりに可愛いと踏む。だが、初めて自分の顔は見た時に衝撃を受けた。何とも普通で、両親のどちらにもさして似ていない。
それは中身は大人どころかおばあさんだったマリアンヌにとってもけっこうショックな出来事だった。どうせ転生するなら美少女がいい。
人生のままならなさを感じた瞬間だ。
「その割にはリーズナブルなお店が入っているのだけれど、テレサ様もそういうお店で買い物していらっしゃるの?」
とても不思議に思って問いかける。王族のお姫様らしくないと思った。
「値段で買い物するのではなく、商品が気に入ったから買うのですもの。値段は関係ないのです」
メリーアンは説明する。
それは正論だが、貴族にはそんな正論は通用しない。
こんな高いもの持っているんですよ、凄いでしょう?――自慢をするのが貴族という生き物だ。安いものを身につけているだけで下に見られることがある。
そんなマリアンヌの言いたいことはもちろん、メリーアンもわかっていた。
「安いものでも身につける人によって、高く見えるということですわ」
爽やかに言い切られる。
美少女が口にすると妙な迫力があった。それは自分に絶対的な自信がないと言え無いセリフだろう。
「なるほど。テレサ様は案外、虚より実を取るタイプなのね」
マリアンヌは納得した。
「ええ。意外と母様と気が合うかもしれませんよ」
メリーアンは微笑む。
「それは予想外ね」
マリアンヌは笑った。
だが、オフィーリアの母だと思えば、納得できなくもない。
「アプローチの仕方は人それぞれってことかしらね」
マリアンヌは頷いた。
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