第545話 外伝7部 第三章 2 母心
結婚する花婿が不在ながら、顔合わせは恙無い感じで行われた。和やかな雰囲気の中、お茶を楽しむ。
だがそんな穏やかさとは裏腹に、マリアンヌは心の中で悲鳴を上げていた。
(こういう時、どんな話題が最適なのか全くわからない)
とても困る。自分の結婚の時はこういう場は当然のようになかった。相手は王子なのだから、当たり前だろう。話し合いをする余地なんて何処にもなかった。王家の都合にただこちらが合わせる。
(思い返してみると、けっこう横暴ね)
今頃、ちょっと腹が立ってきた。だがそんな昔のことに腹を立てている場合ではない。当たり障りの無い話題を探すと、天気の話とかどうでもいい話題になってしまった。
困っていると、メリーアンが口を開く。
マリアンヌは内心、ドキッとした。何を言い出すのかわからなくて怖い。だがメリーアンが聞いたのはドレスの流行や宝飾品の話だった。
(ああ、そういう話題なら当たり障りないし、女性ならたいてい詳しいわね)
マリアンヌは心の中で感心する。
ラインハルトはオフィーリアの父と親交を深めていた。マリアンヌはオフィーリアの母と親交を深める必要がある。社交には男は男同士、女は女同士、交流を深めるという暗黙の了解があった。
だがマリアンヌはドレスの流行にたいして関心はなく、宝飾品にもほとんど興味がない。宝石に関しては、買ってくれるラインハルトの方が詳しいくらいだ。ちなみにルイスもけっこう詳しい。ただしこちらは主に投資目的で市場を確認しているようだ。詳しい内容が少し違う。
「メリーアン様はお小さいのに流行に詳しいのね」
オフィーリアの母・テレサは誉めた。
「これくらいは王族として、知っていなければいけないものだと習いましたの」
メリーアンは嬉しそうな顔をする。胸を張った。
「まあ、さすがですわね」
テレサはマリアンヌを見る。教育を誉めてくれているのはわかるが、たぶん、それを言ったのはフェンディの娘の誰かか乳母だ。マリアンヌではない。
だがそんなことを言えるわけがなかった。
「いいえ。マセた子で、お恥ずかしいです」
わたしは謙遜する。
助けてあげたのにという顔でメリーアンに見られた。
(わかっているわ)
マリアンヌは小さく頷く。これは謙遜なのだと、目で伝えた。
「うちの娘ともこんな風に流行の話とか宝石の話がしたかったわ」
テレサは恨めしげにオフィーリアを見る。
オフィーリアは父親と一緒にラインハルトとの会話に興じていた。商売か外交の話をしているらしい。それっぽい単語が漏れ聞こえてきた。
「何故あんな、面白くも何ともない政治の話が好きな子に育ったのかしら?」
テレサはわからないと言いたげに首を傾げる。
(それは王宮に小さな頃から遊びに連れて行ったからですよ)
マリアンヌは心の中で答えた。その話はお妃様レースの最中に、お茶を飲みながら聞いた。王宮のあちこちでひそひそ交わされる密談を聞いて、張り巡らされる策略とか陰謀に興味を持ったらしい。なんとも不穏な話で、テレサには絶対に言えないと思った。聞いたら、卒倒してしまうかもしれない。
オフィーリアの話が出たので、ちょうどいいとばかりにマリアンヌは輿入れの話を詰めた。準備期間は2年として、最初の1年はアルステリアで過ごして準備を整え、次の1年はアルス王国内で、アルス王国の習慣や風習について学ぶということでどうかと聞く。
「そうですね。それが妥当だと思います」
テレサは頷いた。
「国を跨いだ婚姻ですので、そう容易く里帰りさせてあげることも、ご家族を国に招くことも難しいと思います。でも出来るだけ、配慮したいと思っています。寂しい思いをさせてしまうと思いますが、ご了承ください」
マリアンヌは小さく頭を下げる。
「大丈夫です。あの子が国にいないのはいつものことですから。もう慣れました」
テルサは寂しそうに呟いた。
「わたしの夢は娘と楽しく流行のドレスの話をしたり、宝石の話をしたり。評判のお菓子を食べ歩いたりすることだったのに。オフィーリアはそんな娘には育ちませんでしたから」
残念でならないという顔をする。
「だから、あの子が幸せなら他に何も望みません」
真っ直ぐ、テレサはマリアンヌを見た。
「どうか、よろしくお願いします」
頭を下げる。
「もちろんです」
マリアンヌは頷いた。娘を持つ親として、その気持ちはよくわかる。
自分もメリーアンの時には同じ思いを味わうのかもしれない。
(帰ったら、メリーアンをぎゅっと抱きしめよう)
マリアンヌはそう心に誓った。
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