第544話 外伝7部 第三章 1 心配事




 両家の顔合わせの打ち合わせはルイスが行った。城の談話室を借りて待っていると、オフィーリアがやってくる。




「おはよございます。オフィーリア様が直接、打ち合わせをされるのですか?」




 座っていたソファから立ち上がったルイスは挨拶と共に問いかけた。




「ええ。陛下が皇太子夫妻を国賓として迎えられたので、こちらとしても対応にいろいろ気を遣うことが多くて」




 オフィーリアは苦笑する。


 本来、これは家と家との問題で国は関係ないはずだった。だが、アルステリア王が国賓としてラインハルトたちを迎えてしまったので、話が大きくなっている。


 正直、ルイスとしてもいい迷惑だ。




「陛下はマリアンヌ様を気に入っていらっしゃるので、歓迎したかっただけだと思うのですが、周りがいろいろ煩くて。あちこち連れまわされていると思います。すみません」




 オフィーリアは代わりに謝った。




「いえ……」




 ルイスは首を横に振る。苦く笑った。


 オフィーリアの言葉を否定したいところだが、実際はその通りだ。視察に借り出されて、マリアンヌがかなりイライラしている。


 オフィーリアの両親に挨拶にきただけなのに、なんでこんなことになっているの?――と、不満を爆発させていた。


 アルス王国内でいろいろ気を遣ってきたのに、アルステリアに来てまで気を遣う事態にだいぶ疲弊している。


 もっともマリアンヌの場合、視察そのものが嫌なわけではない。有意義な視察ならどこに行くのも厭わないという性格だ。だが、視察可能なのは国が見せても支障がない場所に限られるわけで、そんな場所にマリアンヌは興味はない。取り繕わないありのままの実情を見たがった。


 もちろん、そういう本当の姿を他国の王族にほいほい見せてくれる国は無い。




「オフィーリア様のせいではないので、お気になさらず」




 ルイスはフォローした。立ったままのオフィーリアに席を勧め、自分も座りなおす。




「それで、明日の茶会の件ですが……」




 本題を切り出した。


 両家の顔合わせは、オフィーリアの実家の庭園でのお茶会と決まった。


 夕食を共にという案もあったが、マリアンヌが嫌がる。ほとんど公務のような予定が入り、疲れていた。この上、気を遣いながら食事なんて食べ物が喉を通らないと拒否する。それなら簡単にお茶会で……ということになった。


 それが落としどころとしては最適だとわかっているので、マリアンヌも納得する。




「参加者はこちらは皇太子夫妻、メリーアン様。そして私が同行します。そちらはご両親とご兄弟とオフィーリア様ご自身ということで間違いありませんか?」




 ルイスは確認した。淡々と仕事こなす。




「そのことなんですが……」




 オフィーリアは微妙な顔をした。




「実はこちらの参加者に少々変更があります」




 少し言い難そうに説明する。当初はオフィーリアの兄達はみんな参加する予定だった。それを嫡男である長兄夫妻とその息子に変更したいと頼む。




「そうですか……」




 微妙な変更だが、ルイスには理解出来ないわけでもない。家として皇太子一家と顔繋ぎをしておきたいなら、嫡男を夫婦で参加させ、さらにその跡継ぎである息子を同席させるのは悪い考えではない。




「その程度の変更でしたら、問題ないでしょう」




 ルイスは了承した。


 それを聞いて、オフィーリアはほっとする。


 それ以外の変更は無いので、打ち合わせはとんとん拍子に進んだ。


 終わりにしようかとルイスが考えていた頃、ドアがノックされる。


 マリアンヌが入室を希望していることをメアリの声が伝えた。


 ルイスはオフィーリアをちらりと見る。オフィーリアもルイスを見ていた。




「どうぞ」




 ルイスが返事をすると、ドアが開いた。


 マリアンヌが入ってくる。


 立ち上がって出迎えようとするのを先にマリアンヌは手で制した。


 メアリが後ろ手にドアを閉める。




「少し、いいかしら?」




 マリアンヌは問うた。駄目だと言われることは無いのがわかっていて聞くのは時間の無駄だと思うが、こういうやり取りをしないわけにもいかなかった。




「もちろんです」




 ルイスは返事と共に、座るように勧める。


 マリアンヌはルイスの隣に座った。




「明日のお茶会なんだけど、メリーアンを参加させないですむ方法はないかしら?」




 真顔で相談する。




「……」




 ルイスは少しばかり驚いた。思いもしないことを言われて、戸惑う。




「何故ですか?」




 当然の質問をした。




「爆弾娘が何を言い出すか、怖いから」




 マリアンヌは答える。


 ルイスは思わず、噴出しそうになった。マリアンヌにはいろいろ振り回されてきたが、今度はマリアンヌが振り回される側になったらしい。




「失礼ながら、メリーアン様の性格はマリアンヌ様によく似ておいでです」




 我が身を省みろと、さりげなくルイスは釘を刺した。




「わかっているわ。だから心配なの。あの子はわたしと違い、生まれながらのお姫様だもの。怖いものナシなのよ」




 マリアンヌは心配する。




「あの……。こちらも同い年くらいの甥が参加するので、大丈夫だと思います」




 オフィーリアが口を挟んだ。子供が失礼するのはお互い様だとフォローする。




(あれはそういう可愛い種類のものではないのだが……)




 ルイスは心の中でだけ、突っ込んだ。今、それを口にする必要はない。




「えっ……?」




 マリアンヌは戸惑った顔をした。


 ルイスは参加者が変更されたことを話す。




「いざとなれば、子供は子供同士で遊んで来なさいと追い払うことも可能かと思います」




 自分の見解を伝えた。




「そうね。他にも子供がいるなら、大丈夫かしら?」




 マリアンヌは小さく首を傾げる。不安は消えないが、少しはましになったようだ。




「そもそも、メリーアン様をどうやって納得させるつもりだったのですか?」




 ルイスは尋ねる。大人しく留守番しているようなタイプではない。




「それを相談に来たのよ」




 マリアンヌは苦く笑った。簡単に納得するわけが無いので、策を練ろうとする。


 だがルイスはそんな面倒なことに巻き込まれるつもりはなかった。自分の主はラインハルトだ。それ以外は家族とはいえ管轄外だ。




「母として、頑張ってください」




 ルイスは自分で頑張れと突き放す。




「乳母に預ければ、普通の令嬢に育つと思ったのに、甘かったわ」




 マリアンヌはため息を吐いた。




「母の背中を見て、育ったのではないですか?」




 さりげなく、嫌味を言う。




「……」




 マリアンヌは黙って、ルイスを睨んだ。


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