第540話 外伝7部 第二章 2 好奇心




 事前に通達を出していたため、国境門はすんなり開いた。馬車と人がぞろぞろと通る。


 アルステリア国内の案内のため、ハワードが同行し、別の馬車に乗り込んだ。




「ここがアルステリアなのね」




 初めて国を出たメリーアンは興奮している。窓の外を覗き込んだ。そわそわして、どこか落ち着きがない。


 だが、馬車の窓から見える風景に今までと違いはあまりなかった。田園地帯の長閑な光景が広がっている。気候が穏やかなこの地域は穀物庫と呼ばれるほど農業が盛んだ。それはアルス王国側と大差ない。




「……なんか、普通」




 メリーアンはがっかりした。




「国境を跨いだからって、自然環境が急激に変わったりするわけがないでしょう? 国境なんて、人間が勝手に作ったものなのよ。自然環境が同じなのは当たり前でしょう?」




 マリアンヌは笑う。




「そもそも、アルステリアとアルス王国は同じ国から分かれているから文化も似ているのよ」




 説明した。




「なんか、残念」




 メリーアンはぼやく。


 正直すぎる娘の感想に、マリアンヌは楽しげな顔をした。




「でももちろん、アルス王国とは違うところもあるわ。どこが違うのかは、自分で見つけなさい」




 娘に宿題を出す。母と娘の会話としては少々おかしなやりとりが続いた。




「マリアンヌ様は娘をどう育てたいのですか?」




 ルイスは呆れた顔でマリアンヌを見る。




「どうと言われても……」




 マリアンヌは困った。




「メリーアンのことは乳母に任せているから、わたしはノータッチよ」




 小さく両手を挙げて見せる。




「わたしが育てると、王族の姫には相応しくない娘が出来上がりそうだからね」




 にこやかにそう続けた。




(否定出来ない)




 ルイスやラインハルトは心の中で同意する。だが、それを口に出すほど愚かではなかった。




「ところで、この後の滞在予定ですが……」




 ルイスはしれっと話題を変える。




「オフィーリア様のご実家に滞在予定だったのですが、ぜひ歓待したという要請が国王陛下から入ったようです。滞在は王宮に変わりました」




 淡々と事実を告げた。




「あら。王宮なの?」




 マリアンヌは残念な顔をした。




「オフィーリアの実家の方が街とかに出やすそうで良かったのに」




 口を尖らせる。




「街に行くつもりだったのですか?」




 ルイスは露骨に眉をしかめた。




「ええ。せっかくなので、いろいろ見ようと思っていたの」




 マリアンヌは悪びれることもなく答える。




「観光に来たわけではありませんよ」




 ルイスは釘を刺した。




「わかっているわ。視察よ」




 マリアンヌはにっこりと笑う。




「……わかっていませんね」




 ルイスは睨んだ。




「ルイスは働き過ぎじゃない? こういう時こそ、面倒なことはアルステリア側にまるっと丸投げして、自分も楽しめばいいのに。他国の文化とかには興味、あるでしょう?」




 マリアンヌは問う。


 実は、ルイスは文化や芸術が大好きだ。自分の目で見て廻りたいと思わないわけがない。




「……」




 ルイスは返事に詰まった。だが、否定はしない。




「美術館や博物館を見て廻れないか、聞いてあげるわね」




 マリアンヌは楽しげな顔をした。




「しかし……」




 それでも真面目なルイスは躊躇う。




「文化や芸術に触れるのも、立派にアルス王国にための仕事よ」




 マリアンヌはルイスが納得しやすい言葉を使った。




「それなら……」




 ルイスは頷く。




「じゃあ、決まりね」




 マリアンヌは勝手に決めてしまった。




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