第539話 外伝7部 第二章 1 最強
ラインハルトの一行が国境門に着いたのは昼頃だった。
ハワードは跡継ぎの息子と共に、出迎える。アルステリアを訪問するならついていかないわけにはいかない。初めから要請は来ていた。
一旦王都に呼びつけるなんてことをしないあたりがいかにもマリアンヌらしい。おかげでバタバタすることはなかった。
ラインハルトの一行はランスローから真っ直ぐ国境門に向かい、そこでハワードと合流した。
馬車の台数と想定より多い従者の人数にハワードは少し驚く。前回の倍くらい荷物もあった。この訪問がかなり正式なものであることを知る。
「遠路はるばるお疲れ様です」
内心の動揺は隠して、ラインハルトに挨拶した。
「ああ。ここから先は世話になる」
ラインハルトは言葉を返す。その隣にはマリアンヌがいた。
「久しぶりね、ハワード。元気そうで良かったわ」
にこにこと挨拶する。手を差し出した。ハワードとはすごく親しくしていたというわけではない。だがそれでもやはり、幼馴染という感覚はあった。
「おかげさまです」
ハワードは差し出された手を取る。親愛のキスをその手に送った。
貴族としてはごく普通の対応だ。だがそれにラインハルトはムッとする。
(相変わらずだな)
ハワードは心の中で苦笑した。
貴族の当主をしていれば、年に数回はラインハルトもしくは皇太子夫妻共と公務で顔を合わせることがある。
その際、公人であるラインハルトはそこに私情は一切挟まなかった。ハワードには国境門を有する辺境の伯爵として相応の対応をする。だから自分が嫌われていたのははるか昔の話だとハワードは思っていた。しかし、そうではなかったらしい。
ラインハルトは不機嫌そうに顔をしかめた。キスを受けたマリアンヌの手を奪い取るように掴む。
その態度は剣呑としていた。
「大人気ない」
そんな呟きに、ハワードは声の主を探す。
ラインハルトの隣に少女がいることに気づいた。大人の目線で上の方ばかり気にしていたので、うっかり見逃しそうになった。
同行者の中に2人の娘がいたことを思い出す。
「父様って、大人気ないわね」
少女はラインハルトを咎めた。その顔はそのラインハルトによく似ている。将来、絶世の美女になることだろう。
「はじめまして、メリーアン様。ハワードと申します」
ハワードは挨拶した。
「よろしく、伯爵。お父様が大人気なくてごめんなさい。母様に近づく男性は父様にとってはもれなく敵なの。貴方にだけそんな態度を取るわけではないので、許してね」
メリーアンは謝った。とても大人びたことを言う。
(なるほど。マリアンヌの娘だな)
ハワードはそう思った。マリアンヌも年よりずっと大人びた子供だった。周りはそれを不気味に感じていたようだが、ハワードは好ましく思う。他の令嬢とは明らかに異質で、その異質さに心惹かれた。
もちろん、それは過去の話だ。今現在、マリアンヌとどうこうなれるとは思っていない。初恋は初恋としてハワードの中に残り、それが燻り続けていないというと嘘になるが、その感情に蓋が出来るくらいには大人になった。自分の恋が叶わないことは、マリアンヌが結婚する前に開かれたパーティでよくわかっている。ラインハルトはマリアンヌをわかりやすく溺愛していた。
その溺愛が今の今まで続くことになるとは、思わなかったけれど。
そういう意味では、ハワードは驚嘆していた。
そしてそんなラインハルトが嫌いではない。何により、公人としてのラインハルトは仕事が出来て有能だ。良い王になるだろう。
メリーアンはキスを求めるように手を差し出した。
その手を取って、ハワードはキスを送る。
メリーアンは満足そうな顔をした。ちゃんとレディとして扱われたことにご満悦になる。
「気にしていません。マリアンヌ様は魅力的な女性ですから。ラインハルト様の心配も尤もです」
ハワードは穏やかに微笑んだ。
メリーアンはその返答にも満足する。小さく頷いた。
「伯爵は母様とは幼馴染だと聞いています」
メリーアンの言葉に、ハワードは微笑む。
「はい」
穏やかに頷いた。
「では、いろいろ昔話を聞かせてください」
メリーアンは頼む。
「喜んで」
ハワードは返事をした。
「なんだ、それ。私も聞きたい」
ラインハルトが横から口を挟む。
「父様は面倒なので、駄目です」
メリーアンは断った。父親に容赦ない。
娘にそう言われると弱いのか、ラインハルトは黙った。
ハワードも余計なことは言わずに黙っている。
そんな周りの様子に、メリーアンは満足そうな顔をする。彼女が生まれながらの姫であることを誰もが理解した。
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