第534話 外伝7部 第一章 3 率直な意見





 貴族はみんな嘘つきだ。それはいい意味でも悪い意味でも。だから、貴族の本音は言葉の額面どおりに受け取ってはいけない。




「アドリアン様の婚約、おめでとうございます」




 ホームパーティが始まって程なく、マリアンヌは祝いの言葉をかけられた。


 パーティではなんとなくグループ分けが出来ている。こういう場合、自然と男性と女性はわかれた。男性には男性の社交があり、女性には女性の社交がある。


 しかし、ラインハルトは侯爵夫人に捕まっていた。マリアンヌが領主達の集まりに顔を出す。


 それはマリアンヌの計画通りだった。


 トルスト侯爵に近隣の領主たちを集めて欲しいとお願いしたのはマリアンヌだ。夕食に簡単なホームパーティを開くことをあらかじめ、打診される。


 侯爵夫人は面倒な他人だが、その夫であるトルスト侯爵はマリアンヌに好意的だ。妻のことで迷惑をかけているという後ろめたさもあるらしい。


 侯爵夫妻の間に恋愛感情はない。2人とも、それが役目だとわかった上で結婚した。だが貴族の結婚というのは本来、そういうものだ。自分とラインハルトの関係の方が異質であることをマリアンヌも知っている。


 侯爵夫妻には2人にしかわからない繋がりがあって、通じ合っていた。侯爵が生活の拠点をあくまで領主の館に置くのはそういうことだろう。愛人を囲っていることくらい、貴族には珍しくない。だが愛人はあくまで愛人だ。生活の拠点は夫人のところにあり、領内の仕事も夫人と行う。あくまで、パートナーは夫人だ。跡継ぎである嫡男に対して親としての情があり、夫人に対しても家族としての情はある。夫人はマリアンヌに対してはあれな人だが、他のことに関しては侯爵夫人として十分に優秀な人だ。だからこそ、マリアンヌへの態度にはみんな目を瞑っている。それ以外は出来た人だから、排除されることはなかった。




「ありがとう」




 マリアンヌは祝いの言葉に礼を言う。


 ここに集まったのはトルスト侯爵を含めて、年頃の娘がいない有力貴族達だ。基本、お妃様レースは他人事で、それ故、忌憚の無い意見が聞けるかもしれないと期待する。




「でも、他国から妃を迎えるなんて、面白く思っていない人が多いんでしょうね」




 わざとらしく、マリアンヌはため息をついた。


 それに領主達は驚いた顔をする。




「ずいぶん率直ですね」




 回りくどさをまるっと排除した言葉に戸惑う顔をした。


 トルスト侯爵から招待を受けた時点で、何かあるとを領主達は察していた。


 他国から妃を貰うことについて、マリアンヌがいろいろ動いていることは耳に入っている。


 そのタイミングでの招待なんて、話があるのだろうと勘ぐるのが普通だろう。




「今日は内輪のホームパーティだと聞いています。今日くらい、腹を探りあって回りくどい言い方で相手を煙に巻かなくてもいいのではないですか?」




 マリアンヌは領主達の顔を見回した。




「……マリアンヌ様は怖い方ですね」




 誰かが苦笑する。




「あら、酷い」




 マリアンヌは笑った。




「わたしはただの、息子が心配な親ばかですわ」




 ニッと口の端を上げる。


 領主達は苦笑した。




「何をお知りになりたいのですか?」




 逆に問われる。




「皆様の考えを」




 マリアンヌは答えた。




「アルステリアから妃を貰うということは、当然、アルステリアとの関係が深まるということです。今、アルス王国はほとんどの国と国交を最低限にとどめています。それは、国内で需要と供給が満たされ、他国との輸出入に頼る必要が無いからです。でも今後もそれを続けられるのかと言ったら、難しいでしょう。この国と国交を深めたい国は多いですし、そういう要望をいつまでも跳ね除けるのは難しい。それなら、他国の介入で仕方なく国交を持つのではなく、この国主導でこちらに都合のいい国交を持ちたいと考えています」




 そう続ける。




「そう都合よく、いくでしょうか?」




 誰かが疑問を呈した。




「いかないでしょうね」




 マリアンヌはあっさり、その不安を肯定する。




「だから、オフィーリアなのですよ」




 オフィーリアが外交を専門的に学んだことを話した。




「もちろん、学問と実際の外交は違います。でも、全く知識が無いよりベースがある方がいいでしょう? 嫁に来るなら、アルス王国のために精一杯、働いてもらうつもりです」




 マリアンヌの言葉に、領主達は少しざわついた。




「初めからそれを見越して仕組んでいたのですか?」




 驚いた声が上がる。




「まさか」




 マリアンヌは笑って否定した。




「オフィーリアが優勝したのは、本当に偶然です。カードゲームでいかさまをやるなんて、バレたら王家の尊厳に関わるようなことしません。たまたまオフィーリアが優勝したので、それならそれを利用しない手はないと考えただけです」




 それは嘘ではない。




「マリアンヌ様らしいですね」




 トルスト侯爵は苦く笑った。




「誉め言葉だと、受け取っておきますね」




 マリアンヌは頷く。




「ええ。誉めました」




 トルスト侯爵は悪戯っ子のような顔で頷いた。ラインハルトとは違うが、侯爵もなかなかイケメンだ。性格も悪くないので、マリアンヌは気に入っている。親しくしている数少ない貴族の一人だ。


 そういうところも侯爵夫人は気に入らないのかもしれない。




「そういえば、今日は私の方からも皆様にお知らせしたいことがあるのです。ちょっとした祝い事なのですが、せっかくなのでラインハルト様やマリアンヌ様がいらっしゃる時にと思いまして。少し前倒しにしました」




 トルスト侯爵は意味深にそう言った。








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