第531話 外伝6部 第五章 6 お手伝い





 大人の話はメリーアンにはよくわからない。9歳女児に政治の話はまだ難しかった。


 だからマリアンヌが何をそんなに心配しているのかもわからない。


 だがお妃様レースの後、母があちこち走り回っているのは気づいていた。


 何か心配なことがあるらしい。




 お妃様レースはメリーアンにとっては楽しいイベントだった。


 アドリアンの妃を決めるためのイベントだが、当の本人が自分には無関係みたいな顔をしていることもあり、頑張っていたのはほぼマリアンヌだ。




『わたしの人生って、お妃様レースに振り回されるのが宿命なのかしらね?』




 母がそうこぼしていたのをメリーアンは聞いたことがある。


 お妃様レースがなければ、父と母が結ばれることはありえなかったのだとメリーアンは知っている。本来であれば、男爵令嬢が王子と結婚するなんて、不可能だ。貴族社会はそんなに甘くない。


 だが、あの父が母以外の誰かを娶るなんて考えられなかった。爽やかな顔をして、父の本質は執着系だ。とても母に執着している。父は家族も大切にしているが、それは母がそうあることを望んでいるからだ。


 王族として生まれた父は家族という繋がりとはあまり縁がなく育つ。たぶん、そういう繋がりはなくても平気な人なのだろう。


 子供にもそれなりに愛情はあるのだろうが、自分と母の子供だからという側面が大きい気がする。


 母が死んだら父は壊れてしまいそうなので、ぜひ母には長生きをして欲しいとメリーアンは願っていた。自分の家族とこの国のために。


 だから、疲れた顔をしているマリアンヌを見ると不安になった。




「母様、疲れていない?」




 移動中、昼食のために馬車から降りた時、メリーアンは母に聞いた。




「大丈夫よ」




 マリアンヌは微笑む。




「マリアンヌ?」




 直ぐにラインハルトが寄ってきた。マリアンヌの腰を抱く。


 メリーアンは微妙な顔をした。


 母が疲れている時の原因はたいてい父であることをメリーアンはもう知っている。


 結婚して20年くらい経つのに、未だに両親は仲が良かった。父が母を可愛がって離さないことはなんとなく周りの反応を見ていてわかる。


 メリーアンは子供だが、何も知らないほどの子供ではなかった。その手の教育は少しずつ始まっている。大事なことなので、変に誤魔化さずにきっちり教えるのは王家の方針だ。




(旅行前に無理させるなんて、父様、最低)




 心の中で文句を言うが、それを口に出してはいけないくらいは9歳でもわかった。


 言えば、気まずい思いをするのは母の方だろう。




 馬車を降り、近くの食堂にみんなで移動した。


 母の本当の実家であるランスロー領までは、可能な時は年に一回くらいのペースで家族旅行という名の里帰りをしていた。だから今日通ってきた道は知らない道ではない。何回も通った道だ。


 だが通常は通り過ぎるだけなのでそこの領主に連絡を入れることはない。宿泊も普通の宿屋に泊った。


 しかし今回は領主に連絡を入れ、宿泊も領主の館になっている。そして、道案内という名目の人が領主から派遣されていた。夜は領主の館でパーティだと聞いている。




(母様の一番苦手なパターンね)




 メリーアンは心の中で呟いた。


 だが今回の旅行日程を決めたのはマリアンヌだ。こうなることがわかっていて旅程を組んだのにはきっと母なりに訳があるのだろう。




「母様って、何気に苦労を一人で抱え込むタイプよね」




 メリーアンは呟いた。母と並んで歩く。




「そうかしら?」




 マリアンヌは首を傾げた。




「自分がやらなくても大丈夫そうなことは他人に丸投げしているつもりなのだけれど……」




 ううーんと考え込む。




「そうだよ、マリアンヌ。君はもっと自分の仕事を減らしていい。働きすぎだ」




 ここぞとばかりに、ラインハルトは同意した。


 だがそれはマリアンヌを気遣うというより、自分がマリアンヌと過ごす時間が減るからだろう。




(ある意味、わかりやすい人だな)




 メリーアンは心の中で笑った。


 父のこういう自分の欲求に素直なところは嫌いではない。政務に関してはちゃんとしているのに、母に対しては駄目な人になるところもちょっと可愛いと思っていた。


 たぶん母もこんな気持ちなのだろう。




「母様に何かあったら父様が面倒くさいから、気をつけて欲しいの」




 メリーアンは真摯に訴えた。


 娘の言葉とは思えないそのセリフに、マリアンヌは苦く笑う。




「確かに、面倒くさそうね」




 同意した。




「だから、母様が大変なことや苦手な社交はわたしが手伝うわ」




 メリーアンは宣言する。


 マリアンヌは目を瞠った。




「もしかして今回、ついて来たのもそのお手伝いなのかしら?」




 マリアンヌは問う。




「だって、母様は社交が苦手でしょう?」




 メリーアンは頷いた。




「そうね。とても助かるわ」




 マリアンヌは笑う。娘の気持ちが嬉しかった。








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