第530話 外伝6部 第五章 5 車中
出発の朝、メリーアンは母が疲れている顔をしていることに気づいた。
「母様?」
心配して声をかけると、マリアンヌは幾分、気まずそうな顔をする。
「大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから」
苦く笑った。
「昨夜、いろいろ考えていたら眠れなくなっちゃって」
聞かれてもいないのに、言い訳する。後ろめたさを誤魔化した。なんだかんだでラインハルトが盛り上がったなんて、娘に言えるわけが無い。
心の中ではラインハルトに毒づいた。
「……そうですか」
メリーアンはそれ以上追求しない。
納得したのかそれとも察したのか、どちらが正解かマリアンヌにはわからなかった。
「今日から連日、移動と社交を繰り返す感じになるけど、大丈夫?」
母として、娘を心配する。
しっかりしていても9歳だ。子供には体力的にきついかもしれない。
「わたしは平気」
メリーアンは微笑んだ。
「母様こそ、無理しないでね」
その言葉を深読みしてしまい、マリアンヌはギクッとする。ラインハルトとの諸々を揶揄されているように聞こえた。
「社交、苦手でしょう?」
だが、メリーアンの心配はそっちではない。
「……そうね」
マリアンヌはちょっとほっとする。
「頼りにしているわ」
そう言って、笑った。
朝食をとると、直ぐに出発の準備が始まった。
今回は荷物も護衛も多いのでちょっとした大名行列みたいなっている。
マリアンヌとラインハルトが乗る馬車にはルイスとメリーアンが同乗することになっていた。
ラインハルトがそれに不満な顔をする。
「馬車は他にもあるのだから、別々でいいだろう?」
ルイスに、マリアンヌと2人にしろと迫った。いちゃいちゃしたいらしい。
「いいわけないでしょう」
ルイスは呆れた。
「私たちが同乗しなくても、どのみち、2人きりにはなれませんよ。その場合はランスが同乗します」
説明する。
ラインハルトが乗る馬車に護衛を乗せないなんてありえない。
ルイスはこう見えて、剣の腕もなかなかだ。本職であるランスほどではないにしろ、十分に護衛の役割を果たせる。だからこそラインハルトの馬車に同乗予定になっていた。
「それに、私はともかく娘まで排除するのは止めてください」
ラインハルトを叱る。ちらりと少し離れたところにマリアンヌと共にいるメリーアンを見た。馬車から追い出そうとしていると知ったら、盛大に拗ねるだろう。
「妻と二人きりで仲良くしたいというのはそんなにいけないことか?」
ラインハルトは不満な顔をした。
「いけないわけではないですよ。無理なだけです」
ルイスは取り合わない。
そんな話をしている間に、馬車の用意は整った。それに気づいたラインハルトは妻と娘をエスコートするためにさっとそちらに移動する。ごねたことはおくびにも出さず、二人と一緒に馬車に乗り込んだ。
ルイスと娘が同乗していても、ラインハルトは遠慮しなかった。マリアンヌの腰に手を回し、引き寄せる。
マリアンヌも最初は抵抗していたが、途中で諦めた。好きにさせた方が面倒くさくないことに気づく。
「ねえ、ルイス」
いつまで経ってもラブラブな両親をどこか冷めた目で見ながら、メリーアンは隣に呼びかけた。
「何でしょう」
静かな返事が返ってくる。
「わたし、自分の両親が普通ではないことは知っていたつもりなのだけど。娘を前にして、ああも堂々と妻といちゃつける父の気持ちが理解出来ないのはわたしが未熟だからなのかしら?」
メリーアンは困惑を顔に浮かべた。
「大丈夫、それが普通です」
ルイスは言い切る。
「アレは反面教師なので、理解する必要はありません。ただ、姫様はあんな風にはなりませぬよう、お気を付けください」
自分の主をアレ呼ばわりした。
そんなルイスにメリーアンは少し驚く。
「ルイスは父様のためなら何でもする人だと思っていた」
思った以上に否定的な意見に、目を丸くした。
「間違ってはいませんよ。ただ、ラインハルト様はマリアンヌ様のことになると途端に駄目な人になるので、相手にしないことにしています」
ルイスはぴしゃりと斬り捨てる。
そんなルイスをメリーアンはじっと見つめた。
「ルイスって、思っていたより面白い人ね」
笑う。その笑顔はラインハルトと良く似ていた。さすが親子だとルイスは思う。
「わたしが年頃になってもルイスが独身だったら、わたしがルイスのお嫁さんになってあげる」
メリーアンはへらっと笑った。
子供の戯言だが、メリーアンはしっかりしている。そのまま流してはいけない気がルイスはした。
「お断りします」
即答する。
「仕事でも家でも、よく似た顔に苦労させられるのかと思うと、めまいがしそうです」
深くため息を吐いた。
「わたしはそんなに我侭ではないわ」
メリーアンは怒る。
「それは失礼しました」
ルイスは謝った。だが、前言撤回はしない。
メリーアンは拗ねた顔でルイスを睨んだ。
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