第529話 外伝6部 第五章 4 前夜





 出立を翌日に控え、マリアンヌはなんとなくそわそわしていた。そんな母親の様子に子供達は敏感だ。末っ子は母親に甘えて、離れない。


 なんだかんだと手のかかる長男次男とおしゃまな長女に挟まれて、どこか陰の薄い四男のことが気になって、マリアンヌは声をかけた。甘えるのが下手な息子を勝手に甘やかす。 


 置いていく小さな子供達とマリアンヌは多くの時間を過ごした。




 夜も更け、子供達を寝かしつけて寝室に戻る。


 明日のために自分もさっさと寝ようと思った。


 だが今度は大きな子供が後ろから纏わりついてくる。抱きついてきたその手が、マリアンヌの身体をいやらしく撫でた。




「ラインハルト様」




 その手を掴んで、マリアンヌは止める。




「明日からはいろんな意味でハードなので、今日はもう寝ましょう」




 大人しくしてくれと言外に頼んだ。




「明日からは無理だから、今日なのでしょう?」




 逆にラインハルトに諭される。




「いろいろ考えて眠れなくなるより、疲れて何も考えずに眠る方が良いのでは?」




 首筋に唇が押し当てられるのをマリアンヌは感じた。ちゅうっと強く吸われる。




「んっ」




 ぴくんとマリアンヌの身体は反応した。


 だがマリアンヌは快感より、夫の意外な言葉の方に引っかかる。気づかれているとは思わなかった。




「いろいろと考え込んでいるように見えました?」




 驚いて聞き返す。




「見えますよ。何がそんなに心配なのです?」




 ラインハルトは優しく尋ねた。いやらしく動かしていた手を一旦止める。マリアンヌを緩く抱えた。


 そんなラインハルトにマリアンヌも身を預ける。




「自分の選択が正しかったのか、時間が経つと不安になって」




 マリアンヌは自分の中にある、別の世界の歴史の話をする。開国に揺れた幕末の話だ。幕府が倒れた原因はそれだけではないが、開国を巡る判断が大きく影響したのは確かだろう。


 歴史が大きく動く時、たいていそこには血が流れた。




「自分が同じことをしようとしているように思えて、嫌なのです。歴史とは、同じ過ちを繰り返さないために学ぶものなのに」




 深いため息を吐く。




「それで、領主達の反応を探ることにしたの?」




 ラインハルトは小さく笑った。




「……バレバレですか?」




 マリアンヌは問う。




「わりとね」




 ラインハルトは頷いた。


 普段はあえて領主達と関わるのを避けているマリアンヌが、わざわざ宿泊地を領主の館と指定したのだ。何もないわけがない。




「一人で行かせるのが不安で、2人に行くことにして良かったと思いましたよ」




 ラインハルトもため息を吐く。


 マリアンヌが出してきた行程表を見て、ラインハルトは自分の判断は正しかったと胸を撫で下ろしていた。




「あら、逆ですよ」




 マリアンヌは笑う。




「ラインハルト様が一緒だから、領主達と面談することにしたのです。一人だったら、そんな勇気出ませんでした」




 マリアンヌは甘えた目でラインハルトを見上げた。


 ラインハルトはどう思っているかわからないが、マリアンヌは案外、夫を頼りにしている。




「マリアンヌは私を煽るのが上手いね」




 ラインハルトは嬉しそうに口の端を上げた。その笑顔はいやらしいというより眩しい。




(結婚して、20年。未だにきらきらオーラを保っているのって凄くない?)




 マリアンヌはそんなことを考えた。


 ラインハルトは体形も維持している。剣の鍛錬を欠かさないからだ。




「煽っていませんよ。甘えているだけです」




 マリアンヌは否定する。




「いやいや」




 笑うラインハルトの手はマリアンヌの胸を揉んだ。寝間着の上から柔らかなふくらみを掴む。




「んっ……」




 マリアンヌは身を竦めた。




「明日の移動が辛いから……」




 断るがその声には力がない。揺れているのがわかった。




「一回だけ」




 ラインハルトはマリアンヌの耳元に口を寄せる。




「明日からは禁欲生活が続くかもしれないから、その前に」




 ねっとりと耳朶を舐めた。


 そう言われると、マリアンヌも弱い。




「一回だけなら……」




 結局、折れた。




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