第528話 外伝6部 第五章 3 出立準備
メリーアンの口出しで、マリアンヌのドレスは倍以上に増えた。ドレスが増えれば、それにつける装飾品の数も増える。当然、馬車の数も増やすことになった。そうなると、護衛の数も増やさなければならない。
いつもの身軽なお忍び家族旅行と違い、なんだかんだで3倍くらいの人数になった。
それらを、マリアンヌではなくメリーアンが手配していく。
マリアンヌは傍らでそれを見ていた。
「さすがに3倍やりすぎじゃない?」
メリーアンに意見する。
メリーアンは母親を見た。
「今回は宿ではなく、領主の館に泊る正式な外遊ですよね?」
尋ねる。
「ええ、そうよ」
マリアンヌは頷いた。
今回の行程はわざと緩くしてある。常になら敬遠する各地の領主の館に泊ることにしていた。領主達と話をする時間を作りたいと思っている。
その行程を決めたのはマリアンヌだ。
「では、やりすぎではありません。領主の館に着いたら、パーティか食事会が予定されているはずです。着替えのドレスは必要ですよね?」
問われて、マリアンヌは反論できなかった。
「そうですね」
素直に頷く。自分の出る幕ではないらしいと、一歩引いた。
そんな母親を気にせず、メリーアンは使用人達に指示を出している。
その指示は的確だった。
「母親を差し置いて、旅行準備を進める9歳女児ってどう思う?」
マリアンヌはメアリに聞く。
「そうですね、マリアンヌ様の娘だなと思います」
メアリは真顔で答えた。
「……それは変わっているといいたいの?」
マリアンヌはじとっと恨めしげにメアリを見る。
「自覚、あるんですね」
メアリは驚いた顔をした。それは何とも白々しい。
「……」
マリアンヌはムッと口を噤んだ。
メアリはくすりと笑う。
「冗談はさておき、王族の姫として相応しい才覚をお持ちだと思います。メリーアン様は」
真面目に答えた。
「そうね。あの子は生まれながらの王族よね」
マリアンヌは複雑な顔をする。
「何か心配なことでも?」
メアリは質問した。
「いいえ。今回の旅行はいつもとは違うので、あの子が一緒で良かったかもしれない」
マリアンヌは小さくため息を吐く。
今回の旅行はマリアンヌにとっては少々、気が重いものだった。
別に好き好んで、領主の館に泊るわけではない。いつものように、宿に泊った方が気は楽だ。
だがそれでも領主の館に立ち寄るのにはもちろん理由がある。
今回のアルステリア行きは地方の貴族達との面談を兼ねていた。
アドリアンの結婚はお妃様レースでの結果だ。他国の上級貴族を跡継ぎの妃とすることに表立って反対する声は無い。決勝戦はトランプのゲームで、人為的に操作するのが難しいことも作為的なものが疑われない要因になった。
実際、こちらは何の操作もしていないので調べられたところで痛くも痒くもない。
だが、他国の貴族を妃として迎えることに誰もが賛成しているわけではないことはわかっていた。
他国の令嬢がいずれ王妃になるという事実は、アルス王国がいずれ今より他国に対して門戸を開く可能性を示唆している。
鎖国状態の今、他国との交流を積極的に持ちたくないと考える人は少なからずいた。現状、国は豊かで国政も安定している。今のままを変えたくないという気持ちは誰にでもあるだろう。
だからマリアンヌは不安になっていた。
前世の記憶を持つマリアンヌには日本史の知識だってある。ドラマでよく見た幕末時代の殺伐とした時代背景を思い出さずにはいられなかった。
(鎖国状態から開国って、江戸時代末期と同じよね。幕末ってことだよね)
血で血を洗う京の町がどうしても頭を過ぎる。
(ああいうのは嫌っ)
ドラマだとわかっていても心が痛いのに、自分が知っている人がああいうのに巻き込まれたらと考えると、マリアンヌは頭を抱えたくなる。
(やれるだけのことはやろう。打てるだけの手は打とう)
そう思い、積極的に人に会うことにした。不満や不安の芽は小さいうちに摘み取ろうと考える。
商人達との話し合いは簡単に実現した。
商工会の方から面会を申し込まれる。他国から妃を迎えることでどんな変化があるのか、いち早く知りたがった。
そこで、商工会の連中と国交を開き貿易が活発化した場合の可能性を一緒に検討してみる。
他国との交流が増えれば、新たなビジネスチャンスがあるかもしれないと淡い期待を抱いている商人の方が多いとわかった。実際にはチャンスだけではない。だが、運送手段が荷馬車の状態では農作物関係の輸出入はなかなか難しい。自国の農業の保護とかは考えなくても大丈夫そうなのはわかった。取引されるのは鉱物とか織物とかの長距離輸送が可能なものに限られるらだろう。それもよほどのものではないと輸送費を考えるとわりに合わない。
だから他国との交流が増えても王都の商人達は今までと大差はないのではないかという結論に達した。影響は王都より他国に近い領地の方が大きそうだ。
他国の令嬢が王妃になることへの忌避感は話していて商人達からは感じられない。
それは彼らにとって、王妃というのがそれぼ重要な立場ではないことも意味していた。
国王が誰になるかは重要な問題だが、公人としての権限をほぼ持たない王妃は象徴のような存在だ。散財して国庫を食いつぶすような悪妃でもない限り、さほど問題はないと考えているようだ。
損得で動く商人はある意味、わかりやすくて助かる。
問題は貴族達の方かもしれない。
正直、こちらは何とも言えなかった。だからこそ、影響が多い街道沿いの領主達から忌憚の無い意見を聞きたいと思った。
本音を聞きたいから、王宮に呼び寄せるのではなくこちらから訪ねる。
マリアンヌとしては何とも気が重いのに、メリーアンやラインハルトはお気楽で楽しそうに見えた。
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