第524話 外伝6部 第四章 7 アルステリア行き





 夕食の席には皇太子一家がみんな揃っていた。


 その場で、ラインハルトは重臣達との会議で決まったアドリアンの結婚についての話をする。




 オフィーリアとアドリアンの結婚についての詳細は本人同士ではなく、国と国の話し合いで決められることになった。


 そのくらいは想定内なので、マリアンヌもアドリアンも驚かない。


 ギルバート辺りが頑張るのだろうかと、少し他人事のようにマリアンヌは思っていた。


 息子の結婚だが、話し合いが国同士のレベルで行われることになった時点で、もはや自分の管轄ではない。


 結婚の時期も婚約期間も、両国にとって都合のいいタイミングで構わないと思っていた。


 本人達にも急いでいる様子は全く無い。


 アドリアンとオフィーリアは馬車でのパレードの前に少し話をしたようだ。


 家族にはなれると思うとアドリアンから報告されている。


 それはアドリアン的には最大の賛辞ではないかとマリアンヌは思った。


 2人がそれぞれ、この結婚に納得していることを嬉しく思う。


 なんだかんだいってもマリアンヌも人の親だ。


 息子の幸せを願わないわけではない。


 ただ、息子は私人である前に公人だ。個人の感情を優先出来ない場面は多い。


 それでもその制約のある中で、最大限、幸せになれる方法を見つけて欲しいと思っていた。




 跡継ぎ未定だったラインハルトの時はいろんなことを急いでいた。マリアンヌが婚約期間をほぼ置かずに結婚したのは、ラインハルトの我侭が通ったからではない。それだけ状況が切迫していたからだ。


 重臣達は早く皇太子を決めて欲しいと思っていたが、ラインハルトを選びたかった国王はのらりくらりと跡継ぎを決めるのを先延ばしにする。国の安定のため、ラインハルトには早急に結婚して子供を作ってもらう必要があった。


 本来であれば1年や2年、婚約期間をおくのが普通だがそれを省く。花嫁修業期間はほとんどなかった。


 今回はたぶん、アルステリアにおいて1年、アルス王国に来てから1年の2年くらいは婚約期間を取ることになるだろう。この国に来てからの1年の間に、オフィーリアはアルス王国の王族として必要な知識やマナーを学ぶことになる。


 マリアンヌの時に比べたら、かなり余裕のあるスケジュールだ。それは祖父が国王として健在で、父親がまだ皇太子だから出来ることだ。急いで子供を作る必要に迫られていない。




 ラインハルトの報告を聞きながら、マリアンヌはどこか暢気な気持ちでいた。だが、続いた言葉でその気持ちは一変する。




「……そういうわけで、アルステリアに話し合いのため、私とマリアンヌが向かうことになった」




 何故か嬉しそうにラインハルトは言った。マリアンヌに笑顔を向ける。




「2人だけで遠出するなんて、初めてかもしれないな」




 のほほんと暢気そうに微笑んだ。だが、マリアンヌはプチパニックを起こしている。




「何故、そんなことになったのですか?」




 意味がわからなかった。


 国と国で話し合う場に、何故、自分が借り出されるのが理解不能だ。




「オフィーリアの実家の家族が嫁ぎ先の家族と顔を合わせておきたいと希望しているらしくてね。アルステリア王から正式に、マリアンヌを国に招待したいと申し出があった」




 予想外のことを聞かされて、マリアンヌは頭が痛くなる。


 何故わたしなのだと言いかけて、姑に会いたいというのは妥当かもしれないと思った。


 反論し難い。




「マリアンヌを一人で行かせることは承服出来ないので、私と2人で行くことになった」




 ラインハルトは楽しげに告げる。妻と2人で出かけることを喜んでいた。




「……」




 そんなラインハルトにマリアンヌは言葉もない。


 そもそも、マリアンヌに断ることが出来る案件ではないだろう。国と国との正式なやり取りだ。




「旅行ではないのですよ、父上」




 浮かれる父にオーレリアンは呆れた顔をする。釘を刺した。




「もちろん、わかっているよ」




 ラインハルトは頷く。だが、その口元がにやけていた。


 結婚後、直ぐにマリアンヌは妊娠した。出産を終えるまで旅行に出るなんて不可能だったし、その後は子供がいて2人きりという機会がなかった。家族旅行ではいつも、マリアンヌは子供達にかかりきりになる。


 マリアンヌを思う存分独り占めできるのはずいぶんと久しぶりだ。




「お父様、ずるい」




 メリーアンが声を上げる。




「嫁ぎ先の家族なら、わたしだって含まれるはずです。わたしも行きたいです」




 突然、主張した。


 ラインハルトやマリアンヌはもちろん、兄弟達も驚く。そんなこと、思ったとしても男の子達は言わないだろう。


 こういうところ、女という生き物は強かだ。




「メリーアンは駄目だ」




 ラインハルトは即答する。マリアンヌと2人の時間を邪魔されるのを阻止した。




「何故です?」




 メリーアンは尋ねる。理由を求めた。




「メリーアンはまだ小さいだろう? アルステリアは遠い。その小さな身体では長旅は無理だよ」




 ラインハルトは諭す。娘の身体を気遣った。それは嘘ではない。しかし本音でもなかった。


 それはメリーアンもわかっている。




「お兄様たちが大使としてアルステリアを訪れたのはわたしよりもっと小さな頃のはずです。お兄様たちに出来て、わたしに出来ないことはありません」




 主張した。


 それを言われると、ラインハルトも言葉に詰まる。自分が生まれる前の話をメリーアンが知っているなんて、思わなかった。




「メリーアンはよく勉強しているのね」




 マリアンヌは誉める。




「では……」




 メリーアンは嬉しそうな顔をした。


 しかし、マリアンヌは首を横に振る。




「国と国が決めた正式な話し合いを一方的に変更するわけにはいきません。どうしても行きたかったら、おじいさまに直訴して、アルステリアにかけあってもらいなさい。ただし、わたしも父様も手を貸しません。自分一人で説得できますか?」




 メリーアンに尋ねる。




「もちろんです」




 メリーアンは力強く頷いた。

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