第523話 外伝6部 第四章 6 約束
表彰式は王の御前で行われる。警備上の理由で王宮の広間で開かれた。
その後、市民への結果報告を兼ねて馬車でパレードするらしい。
それを聞いて、オフィーリアは驚いた。
「ずいぶん大掛かりですね」
正直な感想が口から漏れる。戸惑った顔をした。
それを聞いたマリアンヌは小さく笑う。オフィーリアの身支度を手伝っていた。
「本戦は王宮内で行われたから、市民は観戦出来ないでしょう? でも、予選は目の前で見たから結果は気になっていると思うの。だから、1位から3位くらいはお披露目しないとね。結果は流しているけど、自分の目で見てみたいと思うのが人間だから」
真顔でそんなことを言うマリアンヌを不思議に思う。
貴族は普通、平民のことなんて考えない。だが、マリアンヌは違うようだ。
皇太子妃が変わっているというのはよく聞いたが、それはこういう意味なのかと悟る。
「ちなみに、馬車にはアドリアンと2人で乗ってもらうわ」
マリアンヌはにこやかにそう付け加えた。
「えっ……」
オフィーリアは戸惑う。
お妃様レース中、アドリアンの姿は何回か見かけた。だが、声はかけていないし、向こうからも声を掛けられていない。
優勝した後も話すタイミングはなかった。
そもそも、同級生だがそれほど親しくしていたわけではない。
アドリアンの隣にはいつもオーレリアンがいて、彼以外、アドリアンは誰も必要としていなかった。
それはたぶん、今も変わらない。
「2人で、ですか?」
オフィーリアは不安な顔をした。
「気まずいかしら?」
マリアンヌは心配する。
「……いえ、大丈夫です」
オフィーリアは否定する。こんなことで怯んでいる場合ではなかった。
パレードのためのドレスなんて、当然、用意していなかった。そういう予定があるなんて、オフィーリアは聞いていない。いつものドレスに優勝者とかかれたたすきをつけられた。頭には花で編んだ冠を乗せられる。
それだけで、意外といつもとは違う特別感が出た。
そこにアドリアンが支度を終えてやってくる。
馬車の準備が出来る待ちの間、2人きりになった。
アドリアンはオフィーリアのドレスの色に合わせて、自分の衣装を選んでいる。色味を揃えるだけで、対な感じが出た。
「……久しぶり」
なんて挨拶するのが適切か逡巡して、オフィーリアはそう口にする。
「ああ」
アドリアンは返事をした。
その表情はどことなく気まずく見える。彼が自分のことでそんな表情をするとは思っていなくて、可笑しくなった。
「そういう顔も出来たのね」
ぼそっと呟く。
独り言のつもりで言ったのに、聞こえたようだ。
「どういう意味だ?」
顔をしかめられる。ケンカを売られたように感じたようだ。
「興味の無い相手にはとことん冷たいから、表情を変えたところさえ見たことがなかったなと思ったのです」
オフィーリアは正直に答える。
貴族の令嬢として直球過ぎる物言いであることはわかっていた。だが、回りくどいことをするつもりはない。
「そうか? 別に嫌いじゃ無かったよ。オフィーリアのこと」
アドリアンは少し考える顔をして呟いた。
「でも、好きでもないでしょう?」
オフィーリアは尋ねる。
「ああ。私はオーレリアン以外、誰のことも好きではない」
真顔でアドリアンは宣言した。正直すぎる。
普通の令嬢なら、ここで怒るところだろう。だがその正直さをオフィーリアはむしろ好ましく思った。嘘を吐かれるよりずっといい。
「わたしも貴族の令嬢ですから、結婚生活に愛は求めていません」
唐突に、オフィーリアは語った。
アドリアンは黙って話を聞く。
「でも、愛人を作られ、その愛人を目の前で大切にされたりするのは嫌なんです。さすがにプライドが傷つきます」
その言葉に同意するように、アドリアンは頷いた。理解を示す。
「だから、貴方の大切な人がオーレリアンだけだと言うなら、むしろそれは歓迎します。他の女性に現を抜かされるより、ずっといいと思うのです」
それを聞いて、アドリアンはニッと口の端を上げた。
「オーレリアンに現を抜かすのはいいのか?」
からかうように笑う。
「むしろ、わたしはそういう姿しか見たことがありません。貴方はそういう人だと認識しているので、ある意味、問題ないです」
オフィーリアは頷いた。
「その代わり、わたしも好きにやらせてください。将来的に、外交問題はすべてわたしに任せてくださると、マリアンヌ様はおっしゃってくださいました。それに協力してください」
頼む。
「それは、アルス王国のためだよな?」
アドリアンは確認した。
アルステリアのために頑張るなら、協力するつもりはない。
「もちろんです。わたしはアルス王国の人間になるのですから」
オフィーリアは頷いた。
家族を捨てる覚悟があるかと言われたら、ない。貴族にしては珍しく家族仲はいい方だ。親にも兄弟にも愛情を持っている。簡単に切り捨てられるわけがなかった。
だがたぶん、アルス王国に忠義を尽くせば、他のことはマリアンヌもアドリアンはたいして気にしないだろう。むしろ、家族のことは黙認してくれる気がした。
「それならいい。オフィーリアがアルス王国のために働くというなら、いくらでも遇しよう。愛人もつくる予定はないので安心してくれ。オーレリアン以外、私はいらない」
アドリアンはきっぱり言う。
オフィーリアは満足な顔をした。
「わたしたち、いい戦友になれるのではないですか?」
手を差し出す。
「確かにそうだな」
戦友という言い方をアドリアンは気に入った。適切な表現だと思う。
オフィーリアの手を握った。
「一緒に、この国のために戦おう」
アドリアンは囁く。
2人は約束した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます