第522話 外伝6部 第四章 5 父と子の会話





 マリアンヌは基本、じっとしていない。


 良く言えば働き者で、悪く言えば落ち着きがない。人任せにするのが苦手で、何かというと自分で動いてしまう。それを本人も反省しているが、性格というのはそうそう変わらなかった。のんびり暮らしたいと言っているが、スローライフにはまったく向いていない。


 泳いでいないと死んでしまうマグロのような性格をしていた。




 マリアンヌは国王の呼び出しを受けて帰ってきた。表彰式までまだ少し時間があると知って、オフィーリアに会いに行く。


 表彰式まで待機するために用意された控え室を颯爽と出て行ってしまった。


 その後姿は男前過ぎて、見惚れてしまう。


 ラインハルトたちはただそれを見送るしか出来なかった。




「私のマリアンヌはなんとういうか、カッコイイね」




 ラインハルトは惚れ惚れという顔で呟く。楽しげに笑った。


 生き生きしているマリアンヌを見るのは嬉しい。




「……」


「……」




 父親のバカップル発言に、息子達は黙り込んだ。




(無視していいよな?)




 内心、ぼやく。相手をしたくなかった。




 ラインハルトは施政者としては有能だ。基本的には真っ直ぐな人だが、清濁も合わせ飲む。きれいごとでは世の中が廻らないことを知っていた。冷徹になれる一面も持っている。


 敵に対しては容赦がなかった。


 遺恨を残すと足元を掬われることをよくわかっている。


 だが、妻に対してはダメダメだ。ひたすらに甘い。何でも許してしまう。マリアンヌが我侭を言うタイプではないので問題が起きていないが、そうでなかったら大変なことになっていただろう。


 尤も、我侭なんて言わないと知っているから、何でも許すとも言える。




(父のようにはならないようにしよう)




 わりと本気でアドリアンはそう思っていた。




「それにしても、マリアンヌ一人に任せて良かったのか?」




 ラインハルトは心配そうに息子を見る。


 妃として娶るのはアドリアンだ。


 話し合いの場にアドリアンはいた方がいいだろう。マリアンヌと共に行くべきだと思った。


 夫婦となる2人がこれからのことを話し合うべきだ。




「自分の妃だろう?」




 無関心な息子を父として心配する。


 王族の結婚に恋愛感情は必要ない。愛なんて無くても結婚は出来た。だが、少しくらい情を持っていて欲しいと願う。


 ラインハルトはマリアンヌと出会い、愛のある暮らしを知った。息子にも幸せになって欲しい。




「オフィーリアのことは知らないわけではないので大丈夫です。それに、昔から母様に興味があったようなので、2人で話せることを喜んでいるかもしれません」




 アドリアンは答えた。




「え? そうだったか?」




 オーレリアンは戸惑う顔をする。そんな印象、オーレリアンは持っていなかった。




「ああ。覚えている」




 アドリアンは頷く。


 オフィーリアから話しかけられることはほとんどなかったが、その数少ない会話はほぼ、保護者参観の後だった。直接母についての質問をされたことはないが、気になっていたのは確かだろう。




「アドリアンがそう言うなら、そうだな」




 オーレリアンは納得した。アドリアンの超記憶を知っている。間違えるはずが無い。




 寄宿学校時代の同級生なので、アドリアンの記憶の中にオフィーリアのことはたくさんあった。意識していなくても、見たもの聞いたものをアドリアンは全て覚えている。


 正確には、忘れられないという方が正しい。アドリアンは些細なことでも忘れられなかった。


 オフィーリアが優勝して、アドリアンは彼女のことを思い出してみる。


 さばさばとした性格の、男勝りな子だった。女の子達ときゃっきゃっしていたというより、女の子達にきゃあきゃあ言われていた姿の方を多く見かける。


 だが本人は騒がれても無関心だった。


 彼女の関心は学問の方に向けられていて、特に専攻である国際問題については幅広く学ぶ。進学もそちら方面を選んだことは経歴で見た。


 寄宿学校卒業後の彼女についてはアドリアンは知らないが、順当にいっていれば外交のスペシャリストになっているだろう。


 そんな彼女が自国ではなく、何故他国の妃になろうと考えたのかはわからない。自国ではその腕を揮う機会がないのかもしれないが、専門に学んだのに勿体無いと思った。




 そんなことを考えていると、マリアンヌが戻ってくる。さくっと話し合いを終えたようだ。




「話は纏まったかい?」




 ラインハルトはマリアンヌに寄り添うように並ぶ。さりげなくその腰に手を回した。




「ええ。婚約期間や結婚の時期については本人達に話し合ってもらうつもりだけど、その前にオフィーリアの意思は確認してきたわ」




 マリアンヌはにこりと笑う。




「外交で大いにその腕を揮ってくれそうよ」




 そう続けた。




「何を話し合ってきたんだい?」




 ラインハルトは苦笑する。結婚の意思確認に行ったはずが、何故外交の話になったのか不思議がる。




「もちろん、今後のことよ。外交で手腕を発揮させてくれるなら、妃となって王家の血筋を残すことにも協力してくれるそうよ」




 順番が逆なのでは?とラインハルトが首を傾げたくなることを当たり前のようにマリアンヌは答えた。




「適材適所ですね」




 アドリアンも納得する。




「それでいいのか?」




 ラインハルトだけが微妙な顔をした。

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