第525話 閑話: 大きな子供





 メリーアンは納得した。


 母の言い分は尤もだと思う。確かに、国と国との約束を一方的に変更できるわけがない。




「わかったわ。母様。わたし、頑張る」




 妙に気合の入った言葉が返ってきた。




(いえ、そんなに頑張らなくても大丈夫よ)




 心の中ではそう呟いたが、口に出せるわけがない。


 母として、子供のやる気を削ぐことは出来なかった。


 それに、子供が親と一緒に居たがるなんて短い期間だろう。その内、親なんて鬱陶しくなる。


 必要とされている間は一緒にいてあげたかった。




 だが、じとっと恨めしげに自分を見つめる眼差しにも気づいている。


 妻との2人きりの旅行にウキウキしていたラインハルトは、この展開を快く思っていなかった。


 余計なことを言ったという顔をしている。




(まるで大きな子供ね)




 マリアンヌは心の中で苦笑した。


 後でちゃんと機嫌を取ろうと決める。ラインハルトはこう見えて、意外と根に持つタイプだった。












 子供達の前では父親として、ラインハルトも拗ねた態度は取らなかった。だが、夫婦の寝室に入ってしまえば2人きりだ。


 拗ねるし、怒る。




「マリアンヌ」




 恨めしげな声と共に、後ろから抱きしめられた。ぎゅっと力が込められ、ちょっと苦しい。




「せっかく、2人きりで旅行に行けると思ったのに。マリアンヌは2人では嫌なのか?」




 不満そうに問われた。


 余計なことを言ったと、責められる。




(2人きりというけれど、たぶんルイスも一緒ですよ。なんならメアリあたりもいるでしょう)




 心の中で笑う。しかし、それを口に出すほど空気が読めなくはなかった。




「わたしだって、2人きりの方が嬉しいですよ。でも、理由もなく子供の願いを却下は出来ないでしょう?」




 腰に廻った手をポンポンと叩きながら、答える。顔だけ振り返った。子供みたいに口を尖らせたラインハルトを見る。




「私の願いは却下なのに?」




 ラインハルトは頬を膨らませた。こういう時、年下ぶるのはずるい。


 いい年したおじさんを可愛いと思ってしまった。


 イケメンは年を取ってもイケメンらしい。




「却下というか……。そもそも、旅行ではないですよね?」




 問いかけた。


 息子の結婚の話を詰めに行くので仕事というわけでもないが、国と国の関係がかかっているので、気楽な話ではない。




「旅行みたいなものだろう? 2人で出かけられるなんて、滅多にないのに……」




 ラインハルトは怒る。




「子供が親と居たがるなんて、そう長い期間じゃないんです。その内、一緒にいてくれと頼んでもいてくれなくなるんですから。その貴重な期間を楽しんだらどうですか?」




 マリアンヌは提案した。


 普通、父親は娘を溺愛するものだろう。だが、ラインハルトはそうでない。娘が自分に似たことが不満なようだ。




「子供達のことはもちろん、愛している。だが私にとっての一番はマリアンヌだ」




 妻への愛をラインハルトは隠そうともしない。王族として、とても珍しいタイプだ。




「……」




 マリアンヌはただ苦笑する。


 何故こんなにもラインハルトが自分を好きなのか、マリアンヌにはよくからなかった。


 お妃様レースで初めて出会って、初日か二日目あたりには気に入られたらしい。それ以降のレースは自分が残るように合否が操作されていたようだ。ラインハルトは結果が出る前に、選んでいた。




「知っています」




 マリアンヌは頷いた。




「わたしも愛していますよ」




 甘く囁く。


 抱きしめる腕が緩んだので、マリアンヌは振り返った。




「わたしも愛していますよ」




 囁き、顔を寄せる。自分からキスをした。


 ラインハルトの手がマリアンヌの身体に纏わりつく。いやらしく動くその手が、寝間着や下着をマリアンヌから剥いでいった。




「朝まで、付き合ってくれるのでしょう?」




 ラインハルトは問う。




「……いいですよ」




 少し迷ったが、マリアンヌは頷いた。

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