第297話 主役登場(後)




 わたしは物語の主人公はオーレリアンだと思っていた。


 王族として転生を繰り返し、国を発展させている。


 いかにも主人公っぽかった。


 わたしが小説家だったら、主人公にはオーレリアンを選ぶだろう。


 わたしやアドリアンはそれを助ける脇役だ。




 しかし、ここにきて状況が変わる。




(一歳の時の記憶があるってどういうこと? 一度見たことは忘れない超記憶力の持ち主とかそういうこと?)




 アドリアンの言葉に、わたしは困惑した。




(そんなチートな能力を持っているなんて、主役じゃん)




 心の中で突っ込む。


 わたしはオーレリアンを見た。


 どういうことか説明して欲しい。


 だが、オーレリアンはふるふると首を横に振った。


 オーレリアンもアドリアンが超記憶力の持ち主だったことは知らなかったらしい。




(主人公はアドリアンだったってこと?!)




 わたしは混乱した。




(いや、双子なんだから2人とも主人公ってのもあり……。ありなのかな?)




 ううんと首を傾げる。


 そんなわたしを子供たちは不思議そうに見ていた。












 末っ子をメアリに預けて、わたしはアドリアンとオーレリアンと3人で子供部屋に入った。


 アドリアンの話をちゃんと聞くことにする。


 わたしはカウチに座り、隣にアドリアンが並んだ。


 さらにその隣にオーレリアンが腰掛ける。


 2人でアドリアンを挟んだ。




「母様、どうしてそんな怖い顔をしているの?」




 アドリアンに聞かれる。




「え?」




 わたしは自分の頬を両手で包み込んだ。




「怖い顔、している?」




 アドリアンに尋ねる。




「うん」




 アドリアンは頷いた。




「そう」




 わたしは苦く笑う。


 大きく一つ、息を吐いた。


 気持ちを静める。




「ちょっと動揺しただけよ。アドリアンがあの日のことを覚えているなんて思わなかったから」




 言い訳した。




「あの日のこと、どうしてアドリアンは覚えているの?」




 わたしは尋ねる。


 オーレリアンもアドリアンの顔を見た。




「私も知りたい」




 そう言った。




「何故って、覚えているものは覚えている。あの日は一歳の誕生日で、パーティを途中で抜けて母様とオーレリアンと一緒に先に離宮に戻った。ベッドに寝かされた後、乳母が帰って。母様とオーレリアンが2人で難しい話を始めたんだ」




 アドリアンは説明してくれた。


 全て合っている。


 あの日、確かにアドリアンはわたし達の話を聞いていた。


 たまたまそう見えただけだと思っていたが、本当に聞いていたらしい。




 わたしとオーレリアンは顔を見合わせた。


 困惑する。


 わたしはアドリアンが超記憶力の持ち主であることを確信した。




「アドリアンはもしかして、一度見た光景や聞いた言葉を全部覚えているの?」




 尋ねる。




「そうだよ」




 アドリアンは頷いた。


 そんな質問をするわたしを不思議そうに見る。


 何故、そんなことを聞くのかわからないようだ。


 アドリアンにとっては、見たことや聞いたことを覚えているのは当たり前の事なのだろう。




「たいていの人はね、見たものや聞いたことを正確には覚えていられないものなの」




 わたしはアドリアンに説明する。


 人は忘れる生き物なのだと、教えた。




「ふーん」




 アドリアンはたいして興味も無いような顔で相槌を打つ。


 他の人がどうとか、普通の人がどうとか、そういう話はどうでもいいようだ。




 わたしとオーレリアンは顔を見合わせて、苦く笑い合う。


 こちらの心配が全く伝わっていない。




「わたしやオーレリアンは普通の人よりちょっと記憶力が良くて昔のことをいろいろ覚えているのだけど、アドリアンは本当に記憶力がいいのね」




 アドリアンの能力が特別であることを認める。


 そして、困った。


 この能力は扱いが難しい。


 周りには知られない方がいいと思った。




「ねえ、アドリアン。母様と一つ、約束してちょうだい」




 わたしは頼む。




「何を?」




 アドリアンは尋ねた。




「自分が見て聞いたことを全て覚えていることは誰にも言ってはダメ。それはわたしとオーレリアンの3人だけの秘密にしましょう」




 右手の小指を立てて、アドリアンに差し出す。


 指切りを求めた。


 この世界に指切りをする習慣はないが、わたしが教えたので子供たちは知っている。




「どうして?」




 アドリアンは当然の質問をした。




「何でもかんでも覚えていられるのは凄い能力よ。でも、人には忘れて欲しいこともあるの。それを全部アドリアンが覚えているって知ったら、アドリアンのことを怖がったり恐れたりするかもしれない。だから、何もかも全部覚えていることは内緒にしましょう。わたしとオーレリアンにしかその話はしないと誓って」




 わたしは頼む。


 アドリアンはわたしの目をじっと見た。


 わたしはアドリアンから目を逸らさない。




「わかった」




 アドリアンは頷いた。


 あまりわかっていない顔だが、言ってはいけないことは理解したらしい。


 指切りしてくれた。


 わたしとオーレリアンはとりあえず、ほっとする。




「ところで、わたしとオーレリアンがあの日話した事なのだけど……」




 わたしは気まずく顔を歪めた。




「とっても大切な秘密だから、誰にも言わないで欲しいの」




 頼む。


 お願いしてばっかりだなと自分でも思った。




「どうして秘密にするの? 賢王が生まれ変わってくるのをみんなが待っているのでしょう?」




 アドリアンは首を傾げる。




「そうね」




 わたしは頷いた。




「でも、生まれ変わったオーレリアンにはオーレリアンの人生があるの。わたしはアドリアンにもオーレリアンにも自分が望んで、選んだ人生を送って欲しい。誰かの生まれ変わりであることに縛られる必要なんてないのよ。今の自分として生きるのに、転生の話は邪魔なだけなのよ」




 説明する。




「でも、私は賢王の生まれ変わりではないのに、生まれ変わりだと信じている人たちがいるよ。本当は、オーレリアンが賢王なのに……」




 アドリアンはオーレリアンを見た。


 オーレリアンは苦笑する。


 わたしは心臓が止まりそうになった。




「その話、誰から聞いたの?」




 アドリアンを問い詰める。


 転生会の誰かが、知らぬ間にアドリアンと接触をはかったと思った。




(一体、いつ?)




 わたしの胸は疑問と恐怖でいっぱいになる。


 そのことに気づいていないことが何より怖かった。


 守っているつもりで、守れていない。




「王宮のメイドたちが噂していた」




 アドリアンは答える。


 どうやら、誰かに直接何か言われた訳ではないようだ。




「噂を聞いたのね」




 わたしは少しほっとする。




「賢王の生まれ変わりの件は気にしなくていいのよ。そんなものにあなたもオーレリアンも振り回される必要なんてない。だからそんな話には耳を貸す必要は無いの」




 わたしは微笑んだ。


 子供たちを守るのはわたしの役目だと、改めて心に誓う。




「アドリアンとオーレリアンは好きなように生きなさい」




 そのために、わたしは前世の記憶を持っているのだと、唐突に確信した。




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