第295話 第七部 第五章 7 繰り返される転生(後)





 わたしはアドリアンを見た。


 アドリアンは元気な子だ。


 よく動くし、おしゃべりもする。


 もっともそれはまだ意味をなさない言葉の羅列だ。


 本人は一生懸命何かをしゃべっているようだが、ちゃんとした言葉になることは少ない。


 こちらの言葉も理解しているとも思えなかった。


 一歳ならそれが普通らしい。


 だがそれでも、わたしとオーレリアンの話を聞いていたように見えた。


 いつもは賑やかなアドリアンが珍しく大人しくしている。


 わたしとオーレリアンの邪魔をしないように気を遣っているように見えた。


 アドリアンはアドリアンなりに何か感じることがあるのかもしれない。




 わたしはそんなアドリアンの頭を優しく撫でた。


 アドリアンはにこっと笑う。


 わたしも笑いかけた。




「もしかしたら、わたしやアドリアンはオーレリアンのためにいるのかもしれないわね」




 ふと思いついて、口にする。




「どういう意味?」




 オーレリアンは問うた。


 不思議そうな顔をする。


 そのきょとんとした顔は子供っぽくてとても可愛かった。




「わたしが前世の記憶を持っているのはオーレリアンのためかもしれないと思ったの」




 わたしは答える。




「何故、そう思うのだ?」




 可愛らしい顔に似つかわしくない口調でオーレリアンは尋ねた。




「わたしはね、自分をその他大勢だと思っているの。主役ではない、脇役の一人。ちなみに主役というのは、例えばラインハルトみたいな人のことね。キラキラしていて、使命を持っているような人」




 わたしの説明をオーレリアンはじっと聞く。


 わたしは自分が脇役であることを全く不満に思っていなかった。


 そのくらいの立ち位置の方が気楽でいい。




「わたしは自分が脇役でいいと思っているの。わたしの願いはささやかなものよ。自分も家族もわたしの大切な人たちもみんなが平穏無事に暮らせればそれでいい。」




 わたしは微笑んだ。




「その願いのどこがささやかなのだ? 平穏無事に暮らすのが本当は一番難しいだろう」




 オーレリアンに突っ込まれる。




「確かにそうね」




 わたしは頷いた。




「そんな脇役のわたしが前世の記憶を持っていることが、実はとても不思議だったの。もっとも、わたしの持つ前世の記憶なんてたいして役に立つものはないわ。でももしかしたら、わたしではない誰かがわたしと同じ知識を持っていたら、世の中を変えたり救えたり出来たかもしれない。その他大勢のわたしが上手に活用できないだけでね」




 苦く笑う。




「それに何より、前世の記憶を持っているなんて脇役っぽくないでしょう? でもそれがオーレリアンのためだとしたら、とても納得出来る。主役は転生を繰り返すオーレリアンよ。わたしはその主役であるオーレリアンを助ける母。そういう立ち位置なら、その他大勢としてすっきりするわ。わたしが前世の記憶を持っているのは、オーレリアンを理解し、助けるためかもしれないわね」




 オーレリアンに微笑みかけた。


 わたし的にはいろいろ腑に落ちる。


 王子妃になったのも、全て王族として転生を繰り返しているオーレリアンの母になるためだとしたら、納得がいった。


 転生したオーレリアンを助けるのが自分の役目なのだと、わたしは理解する。




「アドリアンだって、オーレリアンと一緒に双子として生れてきた事には何か意味があるのよ、きっと」




 わたしはアドリアンを見る。


 アドリアンもわたしを見ていた。




「あー、あー」




 何かしゃべろうとしている。


 わたしはうんうんと頷いた。


 アドリアンに返事する。




「そんな都合のいい話、ありえない」




 オーレリアンは否定した。




「都合が良くたっていいのよ。オーレリアンは主役なのだから。物語は、主役に都合よく出来ているものなのよ」




 わたしはふふっと笑う。




「オーレリアンは何度も王族として前世の記憶を持ったまま転生を繰り返している。それはもう半分、呪いのようなものよね。もしかしたらその呪いから解放される日が来たのかもしれない。前世の記憶を持つ母と双子として一緒に生まれ育つ兄がいて、今までの転生とかいろんな事が違うはずよ。何をどうするのが正解なのかはわたしにもわからないけど。それはこれから、みんなで見つけていきましょう」




 オーレリアンに囁いた。




「マリアンヌは変わっている」




 オーレリアンは困惑を顔に浮かべる。




「それ、息子にまで言われると少しショックだわ」




 わたしは小さく肩を竦めた。




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