第294話 第七部 第五章 6 繰り返される転生(中)




 わたしは頭の中で情報を整理した。




「つまり、オーレリアンは何度も王族として転生を繰り返している。それは賢王と呼ばれるずっと前からのことで、何度目かの転生の時、その功績を讃えられて賢王と呼ばれることになったということ?」




 オーレリアンに確認する。




「そうだ」




 オーレリアンは頷いた。


 口調は大人だが、声は子供だ。


 そのギャップがなんともむず痒い。


 だがいちいち突っ込んでいたら話が進まないだろう。


 わたしは違和感をスルーすることにした。




「何度も王として転生を繰り返し、たくさん失敗もした。自分の思い通りにことが運ばないことなんて多々あったし、王としての権力が弱まった時代もある。だがその中で試行錯誤を繰り返し、ようやく、王として一定の実績を上げることが出来た。それがあの時代なのだ」




 オーレリアンは懐かしむように遠くを見る。


 いろいろ思い出しているのかもしれない。




「ようやく満足のいく仕事が出来て、賢王と呼ばれることに浮かれたのね。それが自分は転生するなんて余計な一言を残して死んだ理由なの?」




 わたしは少し冷たい言い方をした。


 困ったようにオーレリアンを見る。


 転生するなんて言い残さなければ、転生会なんてものは出来なかっただろう。


 転生会は表立って活動することはない。


 だが、だからこそ実態がつかめなくて厄介だ。


 人はわからないものの方が怖い。




「それは……」




 オーレリアンは気まずい顔をする。




「あまりに側近たちが私に死期が近づいていることを嘆くので、つい、宥めようと……」




 転生を繰り返していたオーレリアンは自分がまた王として生まれ変わることを予期していたのだろう。


 つい、口を滑らせてしまったようだ。




「そのうっかりのせいで、厄介なことになっているのだけど」




 わたしはため息を吐く。




「しかも一回、すでに転生していたなんて……」




 やれやれという顔をした。


 転生を待っている人々に教えてあげたい。


 あなた達の待っていた王はとっくに転生し、すでにその生涯を終えました――と。




(そんなことしたら、パニックになりそうだからしないけど)




 わたしは心の中で苦笑した。




「前回の転生で、転生会の存在は知ったのでしょう? その時点で、なんとか出来なかったの?」




 わたしは尋ねる。


 その時点で何らかの手を打っていれば、後々、面倒な感じにはならなかったのではないかと思う。


 転生会の存在は常に王族の心配の種になっていた。




「何をどう出来ると?」




 オーレリアンは逆に聞く。




「そうね……」




 わたしは考え込んだ。




「自分が賢王の生まれ変わりであることを証明し、王位に就き、転生会の人々がこれ以上、賢王が生まれ変わってくるのを待たなくてすむようにするとか」




 答える。




「それが出来れば良かったんだが……」




 オーレリアンは苦笑した。




「ことはそう簡単ではなかった」




 ため息を吐く。


 一歳児のため息はなんだか可愛いらしかった。


 思わず、笑ってしまいそうになる。




「何か問題でも?」




 わたしは問うた。


 思わず、オーレリアンの頭をよしよしと撫でる。




「なんだ? この手は?」




 オーレリアンは困惑した。




「なんだか可愛くて」




 わたしは微笑む。




「転生を繰り返すオーレリアンがどれだけの記憶や知識を持っていても、今、ここに存在するオーレリアンはわたしとラインハルト様の息子よ。そのことは忘れないで」




 囁いた。




「……」




 オーレリアンは照れたような顔をする。




「前回の時、マリアンヌが母であったならいろいろ違っていたのかもしれないな」




 ぼやいた。




「何があったの?」




 わたしは聞く。




「前回、私には優秀な兄がいた。兄は王に相応しい資質を持った人だった。そんな兄を母である王妃は溺愛する。王位をなんとしても兄に継がせようと画策した。私と兄は同母の兄弟だ。だが、母は私のことは嫌っている。前世の記憶を持つ私は子供っぽさのない大人びた子供で、可愛げがなかった。そんなわが子が母には不気味だったらしい。その状況で、私が賢王の生まれ変わりだと名乗ったらどうなると思う?」




 オーレリアンは淡々とした口調でわたしに尋ねた。




「最悪の場合は、内乱ね」




 わたしは答える。


 派閥争いが激化するのは想像するに容易かった。




「そうだ。私は賢王の生まれ変わりであることを誰にも打ち明けられなかった」




 オーレリアンは呟く。




「前世の記憶を持っているのも良し悪しよね」




 わたしはため息を漏らした。


 オーレリアンの苦悩が理解できる。


 前世の記憶を持つわたしだけが本当の意味で、オーレリアンと気持ちを共有できた。




「打ち明けても、相手が信じてくれるとは限らないし」




 わたしは苦笑する。


 オーレリアンは頷いた。


 ラインハルトや国王がわたしの話を信じてくれたのはとてもラッキーなことだとわたしは思っている。


 だがそんな2人でも、わたしの話をすべて信じてくれているとは限らなかった。


 信じられないのが普通だとわたしは割り切っている。


 逆の立場だったら、わたしも疑っただろう。




「信じられないのが普通だ。私は何度も転生を繰り返しているが、自分以外に前世の記憶を持つ人間がいるなんて思っていなかった。一度も会ったことがない。私は自分が前世の記憶を持つのは、王として同じ失敗を繰り返さず、やり直すためだと思っていた」




 オーレリアンの言葉に、わたしはなんだか切なくなった。




「オーレリアンは生まれ変わっているのではなく、やり直していたのね」




 それは少し悲しい生き方だと思う。


 王としての責務をオーレリアンはずっと背負い続けていた。




「今回はわたしがいるのだから、オーレリアンは一人で抱え込まなくていいのよ。甘えたり、頼ったりしてちょうだい。一緒に、オーレリアン自身の幸せを模索しましょう」




 わたしの言葉にオーレリアンは驚く。




「私の幸せ?」




 小首を傾げた。


 そんなこと、考えたことがないらしい。




「オーレリアンは王として、この国をよくするために何回も生まれ変わってまで尽力してきた。そのかいあって、今、この国はこんなにも平和で豊かよ。今度はオーレリアンがその恩恵を享受する番だと思うの」




 わたしは微笑んだ。




「ね?」




 アドリアンを見る。


 アドリアンは静かにしていた。


 だが、寝てはいない。


 わたしとオーレリアンの会話を黙って聞いているように見えた。




「あい」




 アドリアンは返事をする。


 それがたまたまなのか、わかっているのかはわたしにも判別出来なかった。


 だが絶妙なタイミングのそれに、わたしとオーレリアンはほっこりする。




「アドリアンもオーレリアンの味方みたいよ」




 わたしはくすくすと笑った。






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