第293話 第七部 第五章 5 繰り返される転生(前)





 オーレリアンの口調はどこか固かった。


 決意を感じる。


 わたしは妙な緊張を覚えた。


 ベッドに横になっているこんな状態で聞いていい話には思えない。




「ちょっと待って。その話、ちゃんと聞かなきゃダメな気がする」




 わたしは慌てた。


 身を起そうとする。


 だが、アドリアンが服を掴んだまま離してくれなかった。


 起き上がれない。




「やー」




 握った手を開かせようとしたら、ぐずりだした。


 わたしは慌てて、アドリアンをあやす。




「そのままで構わない」




 オーレリアンは自分で寝返りを打って仰向けに体勢を変えた。


 頭を持ち上げる。


 口調と外見のギッャプが半端なかった。




(違和感が凄い)




 わたしは心の中で苦笑する。




「じゃあ、このまま」




 わたしはオーレリアンの言葉に甘えた。


 胸の辺りにアドリアンを抱いたまま、頷く。


 アドリアンはわたしの服を掴んだまま、うとうとしていた。


 その身体をわたしはリズムよくポンポンする。


 そんなアドリアンのことをオーレリアンもちらりと見た。


 アドリアンはまだしゃべる方はそこまで達者ではない。


 だが、言葉はそれなりに理解していると思えた。


 聞かせて大丈夫なのか、気にしているかもしれない。




「大丈夫?」




 わたしは問いかけた。




「……大丈夫だ」




 少し迷ってから、オーレリアンは頷く。


 わたしを見た。


 わたしもオーレリアンを見る。




「私は何度も転生を繰り返している」




 オーレリアンは独り言のように切り出した。




「全て覚えているの?」




 わたしは尋ねる。




「ああ」




 オーレリアンは頷いた。


 重い空気が流れる。


 わたしは苦く笑った。




「転生するのは特別なことではない。全ての人は転生を繰り返している。――わたしはそう思っているんだけど、違うかしら?」




 オーレリアンに尋ねた。




「その通りだ。だが、普通は転生する時に前世の記憶は抹消される。多くの人は前世の自分を覚えていない。転生するのは普通のことだが、前世の記憶を持っているのはたぶん、特別なことなのだと思う」




 説明に、なるほどとわたしは納得する。




「何度の転生を繰り返してきたが、今まで、自分と同じように前世の記憶を持つ人間と出会ったことはない。マリアンヌが初めてだ。……今回の転生は今までの転生とは何か違うのかもしれない」




 オーレリアンは呟いた。


 ちらりとアドリアンを見る。


 双子に転生したのも初めてなのだろう。




 その顔は少し寂しげにも辛そうにも見えた。




(前世の記憶を全て持っているなんて、まるで呪いのようだわ)




 わたしは心の中で呟く。


 それは何度も自分の死を経験しているということだ。


 前世の記憶を持っているのは良いことばかりではない。


 消し去りたい過去も忘れられないのだ。


 人間、生きていれば消したい過去の一つや二つ、誰にだってある。


 人間はそれを忘れることが出来るから生きていけた。


 忘却とはある意味、自己防御だ。


 全て覚えているのは苦痛でしかない。




「今まで、一人で頑張ってきたのね」




 わたしはオーレリアンに手を伸ばした。


 ラインハルトによく似た金の髪を優しく撫でる。


 オーレリアンは猫みたいに目を細めた。


 気持ちがいいらしい。




「私のことを理解できる人間が現れるなんて、思わなかった」




 オーレリアンはぽつりと本音をこぼす。


 その声は泣き出しそうに震えていた。




「もう一人で悩まなくていいのよ」




 わたしは微笑む。




「ああ」




 オーレリアンは頷いた。




「だから、話そうと思った」




 そう続ける。




「前世のことを?」




 わたしは問うた。




「ああ。だが一番話すべきなのは前世のさらに前世の方かもしれない」




 オーレリアンは含みのある言い方をする。




「わたしは何故か、毎回、この国の王族として転生を繰り返している」




 意味深にわたしを見た。




(ますます呪いっぽい)




 わたしは心の中でそんなことを思う。


 だが、オーレリアンが言いたいのはそこではないだろう。




「まさか……」




 わたしの頭に一人の人物が思い浮かんだ。


 王家には自分が転生することを言い残して亡くなった王がいる。




「オーレリアンの前世は賢王なの?」




 違っていて欲しいと願いながら、問いかけた。


 本当なら、厄介なことになる。




「ああ」




 オーレリアンは頷いた。




「正確には、前世の前世だ」




 微妙な訂正をする。




「では、前世は?」




 わたしは気になって、尋ねた。


 話が脇道に逸れてしまうが、妙に気になる。




「大公家の祖となった王弟だ」




 オーレリアンは答えた。


 わたしは大公家の家系図を思い出す。


 確か、大公家の祖となったのは4代前の王の弟だ。


 賢王は8代前なので、4代周期で転生している感じなのかもしれない。




「オーレリアンが余計なことを言い残したから、転生会が出来たことはもちろん、知っているのね?」




 わたしは苦く笑った。




「わたしの前世の時にもそれはあった。もちろん、知っている。そしてその存在を知ったから、前世の私は王にならず、王弟として臣下に下ったのだ」




 オーレリアンは答えた。




「待って。少し情報を整理する時間をちょうだい」




 いろいろ話したそうなオーレリアンをわたしは止める。


 情報過多で、パンクしそうだ。


 話を整理したい。




「わかった」




 オーレリアンは一度、口を閉じた。














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