第292話 第七部 第五章 4 前世の記憶




 月日は穏やかに流れ、双子の息子たちは一歳の誕生日を迎えた。


 いろいろありながら、子供たちはすくすくと成長する。


 アドリアンはもちろん、オーレリアンも元気だ。


 歯も生え、ちゃんとした言葉も喋れるようになる。


 もちろん、それはわたしの前でだけだ。


 他の人の前では赤ちゃんらしく片言しか話さない。


 身近にアドリアンがいるので、それに合わせているようだ。


 今のところ、訝しく思われてはいない。


 このまま、何事もなく平穏無事に成長して欲しいと願っていた。


 だが世の中、そう簡単ではない。


 波乱は静かに近づいていた。












 双子の誕生日を祝うパーティは王宮の広間で行われることになった。




「大袈裟ではないですか?」




 わたしはあまり乗り気ではなかった。


 出来るなら、誕生日は家族で祝いたい。


 そこに王族を招くのは構わないが、他の貴族も集めて大人数というのはどうかと思った。


 だが、それは王族のしきたりらしい。


 王子は一歳の誕生日を迎えた時にお披露目されることになっていた。




 この国の一歳未満の乳児死亡率はそこそこ高い。


 一歳を超えるまで、安心できないと言うのが一般的な親の考えだ。


 そのため、子供のお披露目は一歳を過ぎてから行われる。


 王族の場合は、それが王宮の広間で大々的に行われるということらしい。


 大勢の貴族が招待された。




(一歳の子供のためにパーティってね)




 わたしは心の中でぼやく。


 子供そっちのけで、パーティは大人たちの社交の場になっていた。


 主役であるはずの子供たちは会場の真ん中に作られれたサークルで区切られた場所にいる。


 その中で乳母とおもちゃで遊んでいた。


 それをサークルの外から客たちが微笑ましげに眺めている。




(悪意がないのはわかっているけど、やっていることは動物園と同じよね)




 わたしは少なからずもやもやした。


 わが子が、オリに入れられて鑑賞されている珍獣にしか見えない。


 子供の安全を考慮してのサークルだけとわかっていても、すっきりしなかった。




 だがそれを顔に出さず、ラインハルトと共に接客に努めている。


 王子妃としての務めを果たした。




 しかしそれも長くは続かない。


 子供たちはとっくにパーティに飽きていた。


 中身は大人なオーレリアンは我慢できる。


 自分が置かれている状況を理解していた。


 だが、アドリアンが我慢できるはずがない。


 思ったとおり、ぐずり始めた。




「う~」




 泣き出す。


 それはもちろん、サークルから少し離れたところにいるわたしの耳にも聞こえた。




「ラインハルト様」




 わたしは夫を見る。




「ああ」




 何も聞かず、ラインハルトは頷いた。


 わたしはその場を離れ、サークルに向かう。


 乳母に抱かれてもぐずり続けているアドリアンを抱き上げた。




「はいはい。母様はここですよ」




 声をかけ、背中をポンポンと優しく叩く。


 あやすと、アドリアンは泣き止んだ。


 わたしの顔を見る。


 涙に濡れた目尻をわたしは指で優しく拭った。




「マリアンヌ様」




 乳母が困ったようにわたしを見る。




「オーレリアンを抱っこしてちょうだい」




 わたしは頼んだ。


 もう一人を抱き上げてもらう。




「子供たちは部屋に戻しましょう。このくらい付き合えばもう十分よ」




 わたしは囁いた。


 子供たちを連れて、広間を出る。


 離宮に向かった。




「お子様たちの誕生パーティなのに、よろしかったのですか?」




 乳母は不安そうに問う。


 後から、叱られるのではないかと心配した。




「大丈夫よ。何かあったらわたしが責任を取るわ」




 そう言うと、乳母は安心した顔をする。




 離宮に戻ると、アントンが驚いた顔でわたしたちを出迎えた。


 早すぎる帰宅に、何かあったのかと心配される。


 子供たちがパーティに飽きたから連れて帰ってきたのだと説明した。




「では、お子様たちを置いたらマリアンヌ様はパーティに戻られるのですか?」




 アントンに問われる。




(やはりそうするのが普通なのか)




 わたしは心の中で呟いた。


 だが、わたしに戻る気はない。


 大勢の貴族と挨拶して、すっかり人疲れしていた。




「戻らないつもりなんだけど、ダメかしら?」




 アントンに逆に聞く。




「……」




 アントンは苦く笑った。


 困った顔をする。




「戻られないなら、戻られないことをラインハルト様にお伝えしないと不味いと思います」




 そうアドバイスしてくれた。


 離宮で暮らすようになって2年近い。


 アントンはわたしの無茶にすっかり慣れていた。


 最近は、より問題にならない方法をアドバイスしてくれる。


 止めるのが無理なら、大事にならないようにするのが自分の使命だと感じているようだ。




「では、ラインハルトに連絡をお願い。わたしは子供たちと一緒に子供部屋で休むわ」




 アントンに頼む。




 夜泣きをしなくなった頃、子供たちのベビーベッドは子供部屋に移された。


 ラインハルトの部屋を他に移し、寝室とドアで繋がっている部屋を子供部屋にする。


 アドリアンとオーレリアンは夜は子供部屋で寝ていた。


 オーレリアンがいるから大丈夫だとわたしは安心している。


 何かあったら、教えてくれるだろう。


 オーレリアンは双子の兄であるアドリアンの面倒をさりげなく見てくれていた。


 夜泣きをしていたころは乳母にも泊り込んでもらうことがあったが、今は早目に家に返すようにしている。


 彼女も自分の子を持つ母だ。


 できるだけ早く、子供たちにお母さんを返してあげたい。




「オーレリアンをベッドに寝かせたら、今日はもういいわよ」




 わたしは乳母に告げた。




「はい」




 乳母は返事をする。


 ベッドにオーレリアンを寝かせた。


 今までのベビーベッドではなく、普通のベッドだ。


 キングサイズのベッドがベビーベッドの代わりに部屋に置かれている。




「オーレリアン。今日から、このベッドがあなた達のベッドよ」




 わたしは声をかけた。


 説明する。




「あい」




 オーレリアンは返事をした。


 大人なオーレリアンはベッドが変わっても気にしない。


 王族御用達なので、品質は最上級品だ。


 寝心地が悪いわけもない。


 少し手足を動かしていたが、寝安い位置を見つけたようだ。


 嫌がって泣いたりしない。


 そのことに乳母はほっとした。


 内心、オーレリアンは手がかからなくと助かると思っているのだろう。


 実際、オーレリアンは手のかからない子だ。


 精神年齢的には大人なのだから聞き訳が良いのも当然だろう。




 乳母は仕事を終えて、早々に部屋から出て行った。




「ご苦労様」




 わたしは労いの言葉をかけて、見送る。


 乳母は敢闘した顔でわたしを振り返る。




「失礼します」




 頭を一つ下げて、ドアを閉めた。




 わたしはアドリアンをベッドに寝かそうとする。


 ぐずるのではないかと、ドキドキした。


 慣れるまで、わたしは自分も一緒に寝るつもりでいる。


 そのことはラインハルトにも話を通していた。




 アドリアンはぐずることなく、ベッドに横になってくれる。


 だが、問題が一つあった。


 わたしの服を掴んだまま離してくれない。




(しまった。乳母を帰す前にわたしは着替えをするべきだった)




 自分のミスに気づいた。


 だが、もう遅い。


 とりあえず、アドリアンが離してくれるのを待つことにした。


 ドレスのまま、ベッドに横になる。


 ちらりとオーレリアンを見た。


 オーレリアンはこちらを見ている。




「今日は朝からいろいろあって疲れちゃったわね」




 オーレリアンに話しかけた。




「ああ。疲れた」




 大人びた口調で、オーレリアンは返事をする。


 だが、声は子供だ。


 そのギャップが少し面白い。




「横になっていると、着替える前に寝ちゃいそうだわ」




 ぼやくと、オーレリアンが少し気まずい顔をした。




「それは困る。寝る前に、話しておきたいことがある」




 真面目な声でそう言われる。




「え?」




 わたしは戸惑った。


 ドキッとする。


 嫌な予感が胸を過ぎった。




「ずっと、話すべきかどうか迷っていた」




 オーレリアンはそう続ける。




「私の前世の話がしたい」




 そんなことを言われ、わたしの鼓動はますます早まった。






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