第289話 第七部 第五章 1 確信




 あっという間に三ヶ月が過ぎた。


 怒濤の日々は初めてのことの連続だ。


 夜泣きに寝不足の日々を送り、双子の世話に奔走する。


 それでも、わたしは1人ではなかった。


 乳母がいて、だいぶ助かる。


 1人で双子の世話をしていたら、育児ノイローゼになったかもしれない。




 初めの子育てが双子で、あまりの大変さに憔悴する――何てこともなく、わたしはわりと元気だった。


 家事は全てメイドがしてくれるので、わたしは子供たちの面倒を見るだけでいい。


 その子守も、乳母が手伝ってくれた。




(恵まれている)




 自分でもそう思う。


 世の中の、一人で家事も育児も頑張っているお母さんたちに後ろめたい気持ちになった。


 だがそもそも、貴族の子育てはこんな感じだ。


 自分で家事をする貴族の令嬢や夫人はいない。


 育児も乳母をつけるのが一般的だ。


 わたしも小さな頃は乳母がいたことを覚えている。


 シエルが小さな頃も少しの間だけ乳母を頼んだ。


 他の貴族から見れば、わたしはむしろ育児をやっている方だろう。


 出来るだけ、自分で世話をしようと思っていた。




「アドリアン。オーレリアン」




 積極的に声もかける。


 たくさん話しかけた方が言葉を覚えると前世で聞いた覚えがあった。


 本当に効果があるのかはわからないが、試せることは全て試しておこうと思う。




 声をかけながら、スキンシップも取る。


 生後三ヶ月も経つと、赤ちゃんの反応は良かった。


 ちゃんと目が見えて、耳も聞こえているのがよくわかる。


 生まれて間もない時より、リアクションも顕著だ。


 あやしているこちらも楽しい。




「こちょこちょこちょ~」




 声を出しながら身体に触ると、アドリアンは楽しげな声を上げる。


 きゃっきゃっと笑った。


 くすぐられていることを理解しているらしい。


 とても子供らしい反応だ。


 わたしは満足な顔をする。




 アドリアンはよくしゃべる子でもあった。


 意味が無い声をあーとかうーとかよくあげている。


 隣にいるオーレリアンに話し掛けているのかもしれない。


 誰も反応しなくても、1人でしゃべっていた。


 それにわたしが相槌を打つと、喜ぶ。


 ますますしゃべった。




 一方、オーレリアンは動きも反応も鈍い。


 1人でばたばたと足を動かすことも少なければ、声を上げてしゃべることもあまりなかった。


 それどころか、泣くことも少ない。


 必要最低限、泣いて意思表示をしている感じだ。


 隣でアドリアンが泣いていても、つられて泣き出すこともほとんどない。


 成長には個人差がある。


 それは双子であっても同様だ。


 二卵性だからなおさらだろう。


 親としては手間がかからない子で助かる。


 だがわたしはどうしても、そんなオーレリアンの様子が気になってしまった。


 目を合わせて顔を覗き込むと、100%の確率で目を逸らされる。


 気まずいようだ。


 だがそれは赤ん坊の反応ではない気がする。




(やっぱり、前世の記憶があるのでは?)




 一度は捨てた疑惑がわたしの中でまたむくむくと膨らんでいた。


 それは怒濤の日々が一息ついたことで、ますます大きくなっている。


 考える時間的余裕が出来た。




(全てがわたしの考え過ぎで、ただ単にわたしが子供に嫌われているだけだったら、それはそれでショックだけど)




 少し、ブルーな気持ちになる。




 だがオーレリアンの異質さは目立つ。


 双子だから、違いは顕著だ。


 オーレリアンが1人だけだったら、少し違和感を覚えてもそれほど気にならなかったかもしれない。


 だが、隣にはアドリアンがいた。


 アドリアンが子供らしい様子を見せれば見せるほど、オーレリアンにわたしは違和感を覚える。


 確かめずにはいられなくなった。




 わたしはオーレリアンを抱っこする。


 近くのカウチへ移動した。


 抱っこしたままそこに座る。


 ベビーベッドからわざと離れた。


 わたしが側を離れたら、乳母はアドリアンの様子を見るためにベビーベッドのところから離れられなくなる。


 内緒話をするにはいいシュチエーションが出来上がった。




「ねえ、オーレリアン」




 ようやく首が据わって抱っこしやすくなった我が子の顔をわたしは覗き込む。


 やはりすいっと目が逸らされた。




「もしかして、あなたは前世の記憶を持っているのではなくて?」




 囁くように問いかける。


 声は潜めた。




 びくっ。




 抱えていた、オーレリアンの身体が震える。


 わたしの言葉を理解し、反応した。




(この子はわたしの言葉を理解している)




 わたしは確信を抱く。


 前世の記憶はともかく、わたしの言葉を理解していることだけは確かだろう。




「オーレリアン。少し、母様とお話をしましょう」




 わたしはにこやかに微笑んだ。




「……」




 オーレリアンは何も言わない。


 だがその目はわたしを見ていた。








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