第290話 第七部 第五章 2 質問
わたしは自分を見つめるオーレリアンの目を真っ直ぐに見た。
今度はオーレリアンも目を逸らさない。
わたしはオーレリアンときちんと話をしてみることにした。
生後三ヶ月の息子と話し合うなんておかしな話だ。
だがわたしはオーレリアンの中身は生後三ヶ月の赤ちゃんではないと思っている。
反応がどう考えても赤ちゃんではなかった。
わたしと同じように前世の記憶を持っているとしたら、中身は大人ということになる。
歯が生えそろっていないので、まだまともにはしゃべれないだろう。
オーレリアンがしゃべろうとしても、聞き取ることは難しいと思えた。
複雑な会話は無理だろう。
だがわたしの言葉は聞こえているし、理解もしているはずだ。
YESかNOくらいの意思の疎通ははかれるだろう。
対話は可能だと考えた。
「あのね、オーレリアン。わたしには前世の記憶があるの。この世界とは別の場所で生きた記憶が」
わたしはゆっくりと、静かな声で囁く。
オーレリアンはじっとわたしの話を聞いていた。
緑の目が真っ直ぐにわたしを見つめている。
オーレリアンはラインハルトによく似ていた。
だが、目は青ではなく緑だ。
エメラルドみたいな色をしている。
「あなたにも前世の記憶があるのではなくて?」
穏やかに尋ねた。
「まだちゃんとしゃべるのは難しいでしょう? だから、返事はハイかイイエでいいわ。ハイだったら、「あー」で。イイエだったら、「うー」で」
提案する。
「……」
オーレリアンは黙っていた。
だが、目を逸らしたりはしない。
わたしの話を理解しているように感じた。
「あなたは前世の記憶を持っているの?」
わたしはもう一度、尋ねる。
「……」
オーレリアンは黙っていた。
迷っているように見える。
何を迷っているのか、わたしにはわからなかった。
「何故、迷うの?」
わたしは問う。
「前世の記憶を持っていることを打ち明けても、困ることはないのではなくて?」
首を傾げた。
「うー」
オーレリアンは唸る。
それはわたしの指定した「イイエ」という意味の返事のようだ。
「困ることがあるの?」
わたしは驚く。
「あー」
オーレリアンは大きく口を開けた。
今度は「ハイ」だろう。
「……」
わたしは困惑した。
これはたまたま会話が成立しただけにも思える。
オーレリアンと意思の疎通が本当にはかれているのか、いまいち確信が持てなかった。
そもそも、前世の記憶があることを打ち明けられない理由がわたしにはよくわからない。
(わたしが前世の記憶があることを誰にも言えなかったのは、それを口にしたら周りがどんな反応をするのかわかっていたからなのよね)
心の中で、わたしはため息をつく。
頭が可笑しいとか、精神的に問題があるとか、心配されたり疑われたりすると思った。
見えないものを見える子が怖がられたり恐れられたりするのはよくあることだ。
わたしが前世の記憶があるなんて言ったら、大事になるだろうと考える。
だから、黙っていた。
何もないふりをするのが、自分にとっても周りにとっても最良だと判断する。
それはある意味、大人としての判断だ。
わたしだけではなく、周りも不幸にする気がした。
だがもし身近に同じように前世の記憶を持つ人がいて、相談できる相手がいたら、わたしはその人にいろいろ相談しただろう。
前世の記憶を持っていることを1人で抱えるのは楽なことではない。
誰にも言えない秘密をずっと抱えているのだ。
ストレスは半端ない。
(もし、わたしが母に同じことを問われたら、きっと直ぐに打ち明けていただろう)
わたしも本当は頼れる人が欲しかった。
そうすれば、精神年齢と実年齢のギャップに苦しむ様々のことも回避できたかもしれない。
トイレトレーニングとかは精神的にかなりきつかった。
「オーレリアン。わたしにはあなたが前世の記憶を持つことを打ち明けて、困ることが何なのかがわからない。わからないけど、前世の記憶を持っているなら、ここで打ち明けた方があなたの人生は楽になると思うわ」
わたしは説得するように囁く。
「今後、トイレトレーニングを初めとする羞恥プレイまがいのものも回避できるわよ」
意味深な顔でオーレリアンを見た。
「!!」
オーレリアンは衝撃を受けたような反応をする。
大きく目を見開いて、背を逸らした。
わかりやすく固まる。
オーレリアンのこんな顕著な反応は初めて見た。
普段は何に対しも反応が薄い。
明らかに、わたしの言葉を理解していた。
「オーレリアンが秘密にしたいなら、わたしはこのことを誰にも言わない。ラインハルトにも秘密にするわ。だから、わたしにだけは打ち明けた方がいいと思わない? 味方がいるといないではこれからの生活、大きく違うわよ」
わたしは囁く。
オーレリアンは目をきょろきょろと動かした。
それは動揺かもしれない。
葛藤しているようにも見えた。
「もう一度、聞くわ。あなたは前世の記憶を持っているのよね?」
わたしは尋ねる。
真っ直ぐ、オーレリアンの緑の目を見つめた。
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