第286話 第七部 第四章 3 出産




 陣痛が始まって、離宮は大騒ぎになった。


 直ぐに産婆さんが呼ばれて、やってくる。


 わたしは様子を見つつ、別の部屋に連れて行かれた。


 クロウがやってきて、わたしを抱き上げる。




(何故、クロウ?)




 一瞬、驚いた。


 だが、アントンに抱き上げられるより安心感がある。


 クロウが呼ばれた理由が理解できた。




 出産のために用意された部屋で、わたしはベッドに横たわる。


 シエルを出産した時の母のことを思い出した。


 あの時より、準備は万全に整えられている。




(大丈夫)




 わたしは自分に言い聞かせた。


 不安な気持ちを押し殺す。




 そんなわたしをメアリが心配そうに見ていた。




「ラインハルト様をお呼びしますか?」




 問われる。




「いいわ」




 わたしは首を横に振った。


 側にいてくれても、役には立たない。


 手を握っていてくれるだけで安心――なんて可愛いことを言える余裕はなさそうだ。


 女性のみが負担を強いられる不平等さに、腹が立つだけの気がする。


 八つ当たりとかしてしまいそうだ。




「メアリも外に出ていて」




 わたしは囁く。


 美少女の外見に忘れそうになるが、メアリは男性だ。


 出産に立ち合わせたら、後々、困ることが起きるかもしれない。


 心配の種は最初から排除しておくべきだ。




「はい」




 メアリは素直に従う。


 わたしの考えがわかったのかもしれない。




 部屋には産婆さんとわたしだけが残された。


 長い一日が始まることをわたしは覚悟した。












 無事に子供が生まれたのは真夜中を過ぎていた。


 わたしは疲れ果てる。


 意識もぼんやりしていた。


 生まれたのが双子であることだけ、なんとか理解する。


 生まれた子供の姿を見せてもらった。


 小さな赤ん坊が2人、並んでいる。


 普通よりは小さめに見えた。


 一人は大声で泣いている。


 もう一人は口をもごもごと動かしていた。




(生きている)




 そのことだけで、胸が熱くなる。


 誰かがいろいろ話しかけられてくるが、それは半分も聞こえていなかった。


 自分が返事をしたのかも定かではない。


 ただただ、安堵した。




「おめでとうございます。王子様です」




 その言葉が耳に入る。


 さらに安心した。




(良かった。跡継ぎだ)




 自分の役目を一つ、終えた気分になる。


 張り詰めていた糸がその瞬間、ぷつりと切れた。


 そこから先の記憶はない。


 わたしは気を失ったようだった。












 わたしの意識がはっきりしたのは翌日の朝だった。


 泣き声で目を覚ます。


 わたしのベッドの隣にベビーベッドが置かれていた。


 そこに赤ちゃんたちが寝かされている。


 泣き声を上げていた。


 赤ちゃんたちのために用意された乳母が泣いている子を抱き上げる。


 あやすのを見て、わたしも身を起こす。


 側にいたメアリが手を貸してくれた。


 わたしは乳母から赤ん坊を受け取る。


 おっぱいを飲ませた。


 初めて、赤ちゃんの顔をまじまじと見る。




(シエルに似ている)




 そう思った。


 まだ猿っぽいが、生まれた時のシエルに似ている気がする。


 シエルに似ているということは賢王に似ているということにもなるだろう。




(もしかして、問題が一つ解決したかも)




 わたしは密かな期待を抱いた。


 転生会もこの子を見れば、シエルを王位になんて言い出すことはないだろう。


 王族の心配事が一つ減るかもしれない。




 なにより、可愛いかった。


 前世を通して、わが子を持つのは初めてだ。


 愛しい気持ちが溢れてくる。


 わが子可愛さで間違いを犯す親の気持ちが理解できた。


 どんなことがあっても守りたくなる。




 そんなことを考えているうちに、赤ちゃんは満腹になったようだ。


 飲むのを止める。


 わたしは赤ちゃんの背中を優しくトントンと叩いた。


 ゲップをさせてから乳母に渡す。


 乳母はその子をベビーベッドに寝かせた。


 もう一人の子を抱き上げる。


 その子はあまり泣かない子だ。


 もう一人が泣いても、つられて泣き出したりしない。


 その子はどちらかといえばラインハルトに似ている気がした。


 シエルとは似ていない。


 双子だが、二卵性のようだ。


 そんなことを考えていたら、赤ちゃんと目が合う。


 視線を感じたのか、赤ちゃんは目を伏せた。




(ん?)




 わたしは違和感を覚える。


 生まれたばかりで、まだ目は見えていないはずだ。


 目を逸らすのは可笑しい。


 そもそも、赤ちゃんに母親から目を逸らす理由なんてないだろう。




(んんん?)




 わたしはふと、あることを思い出した。


 じっとその子を見つめる。


 とある可能性がわたしの頭の中を過ぎっていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る