第282話 閑話:転生会





 シエルはマルクスとアルフレットの会話を黙って聞いていた。


 自分のことを話しているのはわかるのだが、口を挟む隙が無い。


 正直、半分も意味がわからなかった。


 転生会というものをシエルは知らない。


 王都とこの辺境の地では様々な状況が違う。


 こんなに遠く王都から離れると、王都の流行や状況はほぼ伝わらなかった。


 賢王の威光も辺境地にはそれほど届いていない。


 賢王の威光が理解出来ない人間に、転生を待つ人々の気持ちなど理解できるわけがなかった。


 その会について話をしている2人の会話はシエルにはちんぷんかんぷんだ。


 だが、会話を止めて詳細を聞ける雰囲気ではない。




「正直、シエルがこの辺境の地に生まれたのは僥倖だと思うよ。王都かそれに近い場所に生まれていたらいろいろと厄介だっただろう」




 そう言って、マルクスはシエルを見る。




「?」




 シエルは困惑した。


 そんなシエルにマルクスは苦笑する。




「そういうことだから、今後はいろいろと注意した方がいい」




 マルクスはそうアドバイスして帰って行った。












 アルフレットと2人になってから、シエルは口を開く。




「転生会って何?」




 問いかけた。




「あー……」




 アルフレットは説明に困る。


 どこから話そうか迷った。




「シエルは賢王のことをどのくらい知っている?」




 まずは現状確認をする。




「どのくらいって……」




 シエルは困った。




「普通に貴族が常識として、歴史とかで習うようなことだけ」




 答える。


 国について学ぶと、賢王の名前はよく出てきた。


 今の国の根幹を作った王だ。


 賢王が作った制度のほとんどは今も機能している。




「今も残る制度のほとんどは賢王の時代に決められたことは知っている」




 そう口にした。




「ランスローにいると、その程度の認識なんだな」




 アルフレットは苦笑する。


 王都とはずいぶん違うと思った。




「賢王はずっと昔の王だ。もちろん、とっくの昔に亡くなっている。だがその血は王族や私たち大公家にも流れ、王都では未だに賢王の威光が生きている」




 説明する。




「威光が生きているってどういう風に?」




 シエルは首を傾げた。




「例えば、誰かが何かの制度で恩恵を受けたとする。すると誰かは国や今の国王に感謝するのではなく、その制度を作った賢王に感謝するんだ。王族が敬われているのも、賢王の血筋だからというのも王都では大きい」




 アルフレットはわかりやすく噛み砕く。




「なるほど」




 シエルは納得した。


 賢王への感謝は生活の中に息づいているらしい。




「その賢王は死の床についた時、嘆き悲しむ側近たちに転生して生まれ変わるから悲しむ必要はないと言い残したんだ」




 アルフレットは言葉を続けた。




「その言葉を信じ、転生を待っているのが転生会ということ?」




 シエルは確認する。




「そうだ」




 アルフレットは頷いた。




「その賢王にシエルは似ているらしい。姿絵があって、それにそっくりだそうだ。それでシエルを見た転生会の連中がシエルは賢王の生まれ変わりではないかと騒いでいるのではないかとマルクス様はおっしゃっていた」




 それはあくまで予想でしかない。


 マルクスが実際にそんな噂を耳にしたわけではなかった。


 だが、想像するのは難しくないという。


 その勘は当たっている気がアルフレットもした。




「似ているから生まれ変わりって……」




 シエルは呆れる。




「大公家にも賢王の血が流れているなら、少しくらい顔が似ていても可笑しくない。それを生まれ変わりだと思うなんて、単純すぎない?」




 ばかばかしいと思った。




「バカバカしい話でも、それを信じたい人間には真実になる。人間は自分が信じたいことを信じる生き物だ。大切なのは真実ではない」




 いつになく険しい顔をアルフレットはする。




「……」




 シエルは黙り込んだ。


 事態は自分が思っているより、ずっと深刻のようだ。


 真摯に受け止める。


 将来、王妃になるであろうマリアンヌの邪魔だけはしたくなかった。




「どうすればいいの?」




 アルフレットに聞く。




「そうだな。とりあえず、女性を近づけるな。二人きりになるのも禁止だ」




 アルフレットはそんなことを言った。




「何故?」




 シエルは首を傾げる。




「転生会がシエルを賢王の生まれ変わりだとどんなに騒いでも、シエルに跡継ぎである息子がいなければ、王位を継承させることは出来ない。息子がいる王族のみが王位継承権を持つことは他ならぬ賢王が定めた制度だ。それを覆すようなことは転生会の連中には出来ない」




 アルフレットの言葉に、シエルはびっくりした。


 思いもしない単語が出てくる。




「王位継承って……」




 ありえないという顔をした。


 首を横に振る。




「転生会がどう動くのかはわからない。だが最悪のパターンも考えておくべきだろう。そうならないための布石は打つべきだ」




 アルフレットは説明する。


 尤もだ。


 最悪のことを想定するのは悪くない。




「元々、結婚するつもりはないから構わない」




 シエルは頷いた。


 マリアンヌがそれを望み、自分もそうしたいと思っている。




「出来る限りそばにいて、私が守るよ」




 アルフレットは約束した。


 近づいてくる女性からガードするつもりでいる。




「ありがたいけど、別の噂が流れそう」




 シエルは笑った。


 自分とアルフレットが出来ていると誤解されるのは目に見えている。




「それで近づく女が減るなら、いっそそうしておこう」




 アルフレットは真顔で言った。


 シエルは綺麗だ。


 転生会とは関係なく、寄ってくる女は多い。


 全てを排除するのはかなり大変そうだ。




「なるほど。いいかもしれない」




 シエルも真顔で頷く。


 男の恋人がいると聞けば、言い寄る女は減るだろう。


 男は増えるかもしれないが、女よりはあしらいやすい。


 何より、子供が生まれる心配がない。




「ただ、ルークたちには話しておかないと」




 シエルは苦笑した。


 父親に男の恋人がいるなんて噂を知ったら、ショックを受けるに違いない。


 真実を話すべきだろう。




「あと、父様にも話を通しておかないと」




 子供たちに転生会の話をするつもりはないが、父には本当のことを話すべきだ。




「大事になりそうだな」




 アルフレットは苦笑する。




「そうだね」




 シエルは苦く笑った。










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